2007/03/19   
2008.09.15   

12話 祈り

今回は、魂のケアの中でも、とても大切な「祈り」についてお話したいと思います。

 

 

「祈り」って?

 

「祈り」と聞くと、あなたはどんな印象を抱くでしょうか。「何だか宗教っぽいわね」と感じたり、「苦しい時の神頼みで祈るだけだなぁ」と思ったり、「信心深い人なんだね」と思ったり、「祈るなんて努力を放棄して神に頼る他力本願じゃないか!」と思う人もいるかもしれません。人によって様々ですよね。

 

私はこの世界に出逢うまでは、祈ることは、神社やお寺にお参りに行った時や、大学受験や税理士試験の受験での神頼みの時ぐらいだったと思います。

 

それが今では祈りがとても身近なものになっています。

私が意識して祈るようになったのは、スピリチュアル・ヒーリングを受けて、この世には目に見えないものの影響があると知ったからですが、実際には、祈ることで魂や神を感じることができると実感してからでした。

 

 

「祈り」と「光」

 

精神世界の本には、「光に包まれる」という体験がよく書かれています。光に包まれる体験は至福感を伴うと書いてあり、私がスピリチュアル・ヒーリングを受け続けたのも、その体験を求めていたからでもあるのです。そして、ついにそれを初めて体験したのが1999年の秋、初めてのスピリチュアル・ヒーリングから半年後のことでした。

 

気づくと自分が光の真ん中に存在していました。静けさと平安に包まれ、さっきまでの心の中にあった様々な想いがすべて消えていました。母の愛に包まれているような安心感の中で、ゆったりと光の中にたたずんでいて、とても穏やかで、愛に満ちて、こんなに自分が平和に満たされている状態はそれまで経験したことがありませんでした。ずっとこの感覚を味わっていたいと思うような何ともいえない幸福感に満たされました。

 

その体験の後で、「ようやく、この私も光を感じることができた〜」と嬉しく思ったことを覚えています。心身共にすっきりと軽くなり、思い悩んでいたこともはっきりと、どうしたらいいのか感じることができたのでした。

 

それ以来ずっと祈っていると言えば格好良いのですが、そうではなく、その頃は全くの他力本願で、時間に追われて祈ることも自分に愛を入れることもせずに、ただ疲れるとヒーリングに通って楽になることを繰り返していたように思います。

 

そのうち、KPMG(当時務めていた会計事務所)でのあまりの過酷労働に、魂が押しつぶされてしまうような苦しさを感じ、このままでは倒れてしまうと思い、退職することにしました。その1年後に税理士業を開業したのですが、その間に、少しは真面目にこの世界に取り組もうかなと思い、ようやく自分で自分のケアをするようになったのです。心や魂に愛を入れたり、光を入れたりしているうちに、愛や光を入れると、心も魂もスッキリするのが感じられるようになりました。そして、その後に祈ると、神の存在を身近に感じるようになったのです。

 

神の愛を感じるときは体が暖かくなります。神の光を感じるときは、目を瞑っていても明るさを感じます。そうして、神さまに愛されている、見守られている、包まれていると至福を感じるようになったのです。

 

祈っていると、自分の心が清められていくように感じ、魂が息を吹き返すような感覚があります。祈りによって想念の覆いが外れると、魂が「ふー」っと息をしはじめるのを感じるのです。祈ることはまるで魂の呼吸のようです。また、心の悩みを神に打ち明けるように話していると、自然とどうすればいいのかが自分の取るべき道を感じることができるようになり、まるで神さまと対話しているような感覚になります。何か問題が起こっても「必ずよいことにつながる」と思えるようになるのです。

 

祈りの内容は、初めは自分の願いを羅列したようなものばかりでした。当時は、そろそろ仕事を再開しようと考えていたので「いい仕事が見つかりますように」や独身女性なら誰もが思う「いい出会いがありますように」など。わたしは祈っていても、自分の祈りが叶うと信じることができなかったので、「信じる力をお与えください」とも祈っていました。

 

あの頃はかなり自分勝手な祈りをしていましたので、叶うものもあれば、叶わないものもありました。ところが、仕事が行き詰った時に真剣に祈ると、その祈りが通じることが何度も続いたのです。

 

真剣に祈ると必ず神に通じる、そう実感したことで、次第に神に祈る習慣がつきはじめ、神を信じる力が次第に増していきました。だんだん自分のことを願うのではなく、自分を神に使ってもらえるように祈ったり、人のことを祈ったり、神の愛や光を感じるために祈るようになっていったのです。

 

「魂に光を入れる」(第8話)の図5にあるように、神の愛や光を感じるということは、魂に神からの光を入れて、心や魂についている想念を溶かし、魂を活性化することです。魂が活性化してくると、インスピレーションが得られるようになります。あなたがああしたいこうしたいと思う出来事について、どうすればいいのか、神の愛と光を感じながら祈り続けると、雑念が消えてはっきりわかるようになったり、ふっと閃くようになります。

 

祈ることで、わたしたちは神を感じることができるのです。神との一体感を感じることができるのです。それは、何ともいえない至福の喜びを与えてくれます。そして、神と繋がり、全ての存在との一体感を感じ、自分が生かされているということをもっと感じることができるのです。

 

祈ることは、魂のケアの中でも最も重要なことなのです。

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