2012.03.19      

8話「町のお茶の先生 –私の原点」

私は、高校生のころから、家の裏にあるお茶の先生のところに通っていました。そこは、近所の人たちが通う町のお茶のお稽古場でした。いつ行っても先生がそこにいる、なにか心のふるさとのような存在でした。

当時の私は、日々のやることに追われて、そして人間関係で、思い悩むこともありました。お稽古を休みたいと思う時もありました。それでも高校一年生で入門してから働くまで、私は一日もお稽古を休みませんでした。それどころか、楠正成を祭る湊川神社、生田神社、平野神社、長田神社の月釜にも出席しました。特に長田神社のお茶会は欠かさず出席していました。セーラー服を着たまま自転車に乗って神社に向かい、まずは本殿でニ拍手してお詣りをして、駆け足でお茶席のある会館へ直行します。茶室の清らな空間が待ち遠しくワクワクしながら靴を脱いでいました。また、神社で先生がお茶席を持つときには、私がほとんどお点前をしていました。一日中、お点前をすることで、場数を踏むことができました。実践のなかで、お稽古だけでは気づけない、お客様をもてなす呼吸や心を養うこともできました。

これまで私がお茶を続けてこられたのは、先生が私のことを大きく包んでくれて、仔細なことを言わないで、ただ、お稽古を見てくれたからです。私にとって人生はいい時も悪いときもありますが、『お茶の先生だけは私をわかってくれている』、そんな思いを持っていました。稽古場で、お茶会でお点前をすることで、私の心が洗われ、落ち着いていくのがわかりました。そして心の底にあるお茶に対する動かない想いが出てきました。

お茶を点てることが私の喜びなのですね。

『町のお茶の先生』、私の原点は、ここにあります。稽古場でいつも変わらず存在し、お稽古をつけることを大切にしたいのです。

私は、このような想いを持てたお茶の稽古場にとても感謝しています。その想いを私の稽古場である一二三会に引き継ぎたいと思っています。『稽古場へ行くと心が洗われ、落ち着く、すっきりする』と、お茶のお稽古をしている人たちが感じるような、そんな存在を目指しています。心をきれいにして、日常を生きる。これはすばらしい日本の伝統だと思います。

もう一つ大切にしたいことがあります。それは、おもてなしとしてのお茶を普及することです。

お茶の稽古場でお茶は点てていても、日常でお茶を点てている人はとても少ないのが現実です。そこにはお茶のお稽古と日常生活に垣根が存在しています。

私は、日本の人たちがお茶を点てるのが当たり前のライフスタイルとなることを夢見て、机とイスのあるオフィスでお茶を点てるための『おもてなし講座』を実践してきました。そこには、複雑なお点前や正座のある茶道を、「敬して近づかず」とでも表現したらいいのでしょうか、すばらしさは知りつつも、距離を置いてきた多くの経営者の方々が参加しています。オフィスでお茶を点てて実際にお客さまをおもてなしすることから、日本の文化、精神のすばらしさに触れていただきたいのです。

日常にお茶のある暮らしをしている二人のお弟子さんのお話をさせてください。

一人は、メーカーに勤める塩原さんで、ワンルームのマンションに住んでいます。ベッドに座ってベランダ越しから見える月が美しいので、中秋の名月のころに友人2名を呼んでお月見茶会をしたと話してくれました。

簡単だけれど、手作りの素材を活かした食事を用意して食べてもらいました。食事の後に、ソファ代わりにベッドに友人二人に腰を掛けてもらいました。茶道具をテーブルの上に展開し、目の前でお茶を点てました。ベッドから見える美しい月を愛でてもらう間に、塩原さんはお茶を点てて友人に差し上げたのです。

東京ではごく普通の日常の暮らしの中で、大切な友人にお茶を点て、そして自然を愛でる心の豊かさで、和やかな時間を過ごしたのです。

もう一人は、日本橋でシェアオフィスを経営している社長の上谷さんで、オフィスでお茶を点てているのです。ある時、地方からきたお客さまを日本橋のシェアオフィスに招いて打合せをしました。「遠くからよく来て頂きました。お茶を一服召し上がってください」と、目の前でお茶を点てて、お茶碗を差し出しました。お客さまは、オフィスで、そんなおもてなしをされたことがなかったので、とても驚いた様子でした。帰り際に「東京でビジネスをするときは、ここのシェアオフィスを使いたいので、メンバーにしてほしい」と要望されたのです。上谷さんは、「コーヒーを出しても喜んではもらえないが、一期一会の想いで、お茶を点てておもてなしをすると、相手の心が動くのがわかる。実際の仕事にも役立つのです」と仰いました。

いかがですか。真心を込めて、お茶を点てるという形にあらわしたとき、相手に感動までも伝える事が出来ます。このおもてなしは、日本の文化、伝統の精神を伝えていることにならないでしょうか。

私は、オフィスで、日常生活でお茶を点てるおもてなしを広げてゆきたいです。そこには、日本人として、いえ現代のサムライ、ナデシコとしての誇りがあると思うのです。

現代はグローバルな時代であるがゆえに、日本精神と文化がバックボーンにあることは、必須です。どんなに外国語ができても、それは当たり前で武器ではありません。人生をより良く生きるために、日本の皆さんに日常でお茶を点ててもらいたいのです。

これが、私が高校時代から欠かさずお茶のお稽古をし、今も続けているエネルギーの源泉かもしれません。

日本の新たな転換期が訪れています。私は皆さんと共に、日本の精神文化を日常に顕していく、ネオジャポニズムを実践していきたいのです。

皆さん、お茶を始めて見ませんか。

志あるリー ダーのための「寺子屋」塾トップページへ