2012.11.12   

12話 「オフィスでお茶を点てる ーおもてなし講座」

今日は、お茶をなぜ私がやっているのか、その想いをお話しさせてください。稽古場は四畳と八畳のスペースで、護国寺のそばにあります。そこで、50名ほどの人たちにお茶を教えています。私の師匠がそうであったように、近隣の生活の中に溶け込んで、私はいつもそこにいる一人の“町”のお茶の先生として教え続けたいと思っています。

仕事帰りに、あるいは、通りかかって、お稽古場を覗けば、そこにはお茶とお茶の先生がいる。“いつもそこに”、つまり日常に溶け込んで“お茶がある”。それが私のお茶の原風景です。

また、新しい人たちにお茶のすばらしさを気軽に体験してもらおうと、体験茶会を定期的に催しています。そこから入門された人たちも熱心にお茶のお稽古に励み、新しい息吹を稽古場へ吹き込んでくれます。

ただ残念なことに、茶道のお稽古をしている大半の人たちは、稽古場の外の日常の暮らしでお茶を点てていないのです。お稽古をするだけで、日常の生活でお茶を点てることは稀なのです。

毎日の生活で、ビジネスで、ちょっとした機会を捉え、お茶を点てて差し上げることが、お茶の醍醐味であり、大切な人たちへのおもてなしだと思うのです。

特にビジネスにおいては、ますますグローバル化が進み、異民族の人たちが同じ職場で仕事をするようになってきています。このような時代の流れの中で、私たち日本人は、再び和の精神をもって日本の文化や精神を伝えるリーダーたちを必要としていると思います。なぜならグローバル化が進めば進むほど、異文化の人たちが互いに自国の文化を理解し伝えあうことが重要になってくるからです。

ビジネスの現場で、日本文化と精神を守り発展させようとする志ある人たちが、自らお茶を点て、おもてなしをしてほしいと切に望んでいます。茶室の外で、日常の仕事場で点てる一服のお茶に大きな役割があると思うのです。

オフィスに来られたお客さまにリーダー自らがお茶を点てる姿は、お客さまだけでなく、そのリーダーの周りの人たちへ大きな影響を及ぼします。相手を大切にする想い、自国の文化を大切にする姿は美しく、誇りと気高さを感じさせてくれます。私たちの魂が大切にする和の精神と日本文化を再認識することができるのです。

もっと本音でいえば、かっこいいリーダーの姿は、この閉塞した日本で多くの人たちを力づけてくれると思います。

ここでは詳述しませんが、明治の益田鈍翁たちリーダーは、明治維新後の経済発展と西洋化の波の中で、実業家の立場で日本の姿を創りました。

平成の今、ビジネスの現場から、もっと多くの志あるリーダーたちに、企業の規模を問わず等身大で、一碗のお茶でおもてなしをしてほしいのです。お茶は日本の伝統文化や精神を統合的に含んでいると思います。日常で顕してこそ、それが生きるのだと思います。この閉塞した時代に、経営者やビジネスリーダーたちに、自ら率先して行動を起こしてほしいと強く願っています。

経営者の人たちは日常でお客さまを接待することが多く、すでにおもてなしの心をかなり持たれています。その人たちが日本の伝統文化を体現するお茶を点てることができたら、おもてなしの想いはもっと伝わるはずです。ときが来たら、通常のお稽古とは別に、取り組みたいと思ってきました。

この想いを形にしたものが、私の主宰する「おもてなし講座」です。青山の路地に入ったショールームのスペースを借り、主に経営者を対象にオフィスでお茶を点てられるように、正座ではなく椅子に座って行う1回2時間の3回コースです。そのために、オリジナルの茶箱セットを創り、お点前も極限にまで絞りこみました。伝統的な黒楽茶碗と現代陶芸家の土壁を表現した白茶碗、有機栽培のお抹茶を用意し、参加者にお茶の心を伝えたいと、パワーポイントでプレゼンも創りました。

最初は、テーブルを挟んで椅子に座り、白湯で茶筅を振る練習をし、その後すぐに参加者が二人ペアになり、お互いにお抹茶を点て、点てたお茶をすすめ合います。参加者は、意外に簡単にお茶を点てられることに驚きます。そこで、自分のオフィスで、お茶を点て、おもてなしをする可能性を、臨場感をもって体験するのです。

去年の秋にスタートしてなんと40名を超える人たちが参加してくれました。通常の茶道のお稽古ではない、新しい試みを理解するのは難しいはずです。でも、固定観念にとらわれず私の志に賛同してくれた皆さんに心から感謝しています。

おもてなし講座を受講されたある経営者は、ビジネスの現場で、お客さまに一碗のお茶でおもてなしを実践されています。その会社では、スタッフや仲間たちが一碗のお茶の深遠さに触れ、茶道のお稽古を始める人たちも顕れています。

こんなお話しを聞きました。

彼は、世界的に広がるスウェーデンの教育会社のエグゼキュティブ3名を会社に招待しました。昼食にお寿司を用意し、その後、3人の幹部に、オフィスのテーブル席で、自らお茶を点てて差し上げました。

宝石を持つかのようにお茶碗を両手で持って、会釈をしてお抹茶を飲み干しました。お茶碗をテーブルに置きながら「オフィスでお茶を点ててもらったことは初めてです。日本の文化はすばらしいですね」と言いました。

そして、そのスウェーデンの経営者は、来年、シカゴで催される国際会議で「ゲストスピーカーとして招待したい」と言ったそうです。もちろん、これまでにもビジネスで共感するものがあったことは前提でしょうが、自国の文化を大切にして、おもてなしをしてくれたサムライの姿に感動されたようです。

この経営者は、日頃からまわりの方を大切にされているのですが、お茶を点てて おもてなしをすることで、その想いを形に顕すことができたのです。そして、その想いを受け取ることができるスウェーデンの経営者がいたからこそ、来年のビジネスに発展したのですね。

 「おもてなし講座」には、日頃お茶のお稽古に通っている人たちも受講しています。その人たちからの言葉がとても印象的でした。「お点前の順番を間違えないようにすることや、知識や教養を身に着けることが、お茶のお稽古だと思っていた」また「稽古場と稽古場以外は別物で、稽古場以外でお茶を点てることは想定外だった。お茶のお稽古を通しておもてなしをしていなかったことを再確認できた」と。

 こういうコメントは私にとってはびっくりするような反応ですが、多くのお茶のお稽古をしている人から受ける一般的なコメントなのです。私は日常でお茶を点ててこそ、茶道が生きると想っているので、ますます「おもてなし講座」に力をが入れたいと思います。

 稽古場と日常の垣根を取ること、いつでもどこでもおもてなしの心をもって生きることを伝えたいと思います。それには、稽古場から皆さんにお稽古を通して伝えること。そしてビジネスの世界においては、おもてなしをすでにされているリーダーたちに、日本文化伝道の代表として、お茶一服のおもてなしを伝えることができるサムライ・ナデシコになっていただきたいと思います。

 私は、日常でお茶を点てる人たちを育てることで、より良い世の中を創る一助でいたいと思っています。

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