2013.10.28

                 第7話 ある少年との出会い
 

 その少年は、小学生の時から、社会のルールに反する行為を繰り返し、学校でも、秩序を乱す行動をとっていて、周囲の生徒や、学校の雰囲気にも大きな影響を与えていたとのことでした。

 中学校に入学してもそれは変わることはなく、授業中も、暴言を繰り返したり妨害したりするので、教室には1日中ピリピリと緊迫した空気が漂っていました。

 私は授業で、週に4日、授業時数にして5時間、彼のいるクラスに行っていました。彼の暴言や妨害は激しく、他のクラスと同じ進度で指導計画を遂行するのが難しいと感じることも多く、そのことでストレスを抱える生徒も日に日に増えていく状況でした。

 私自身、それまでのやり方としては、ありのままの気持ちに寄り添い、受け取り、承認しながら、コミュニケーションを密にとって、共にいる姿勢をもち続けるというような対応をしていました。そうするうちに、ペースは千差万別でしたが、何らかの変化が見られました。

 しかし、彼の場合、名前を呼んだり声をかけたりしただけで「うるせーな!うぜーんだよ!」などという、いわゆる切れた状態になる激しい反応が返ってきました。その気持ちを受け取ろうにも、接点をもつことすら難しく、その先、信頼関係を構築することなどおよそできないのではないかと感じるほどで、私自身、とても戸惑いました。

 そして、同じクラスで授業を受けている生徒達が、安全な場で安心して過ごすことができていない事実に、とても申し訳ないと思いました。自分自身の心の中に、情けないという感情が常に湧いてきていました。基本的には、週に5時間授業に出ているクラスだったので、接する時間は長いわけではないのですが、四六時中、頭の中に彼のことが浮かんできました。一刻も早く、彼自身の心の闇がクリアになるように、できるだけのことをして、この状況を改善していくしかないと、焦りつつ考えました。

 そこで、個性認識学「四魂の窓」に照らしながら、彼のことをそれとなく観察していると、いくつか気付くことが出てきました。性別に関係なく、大人に対して激しく拒否反応を示すこと。しかし、学校にはほとんど休まず登校していること。相手を馬鹿にするような態度や、時に威圧的な態度で、また、時にからかうような素振りを見せながら、友達に自分から話しかけていること。その時は、大人に対するような鋭い目つきではなく、笑っている場合もあること。自分が気に入っている友達と一緒に行動しようとすること。

 そして、彼の四魂は、実は「愛」がベースなのではないかと感じました。本心では、思いやりにあふれたあたたかい関係を求めていて、愛し愛されたいという強い願いをもちながらも、成長過程において本人がそれを実感することが少なく、拒絶感を繰り返し味わいながらここまできたのかもしれないと思いました。傷つくことへの恐れが大きく、もうこれ以上傷つかないよう、自分を守るために、大人に対して過激な程の拒否反応を示しているのかもしれないと感じました。

 早速、英語の授業で彼のクラスに行く時、授業の始めに毎時間行うペアワーク用のプリントの25の英文全てに読みがなをふりました。いつもの彼なら、手渡したプリントは目の前で丸めて捨てます。捨てられてもいいように同じものを何枚も作りました。コピーではなく、全て手書きしました。そして、一斉にワークがスタートして賑やかになった時、彼の自己肯定感をできるだけ傷つけないよう気をつけつつ、まぎれるようにそっと彼に近づいて、耳元で明るい口調で囁きました。

 「今日ね、あなたのために特別にプリントを用意してきたの。一緒にやろう!」
すると彼は「え、いいよ別に」と投げやりに答えたのです。

 その手応えに私は「じゃあ今日は1番ね」と言って先に読みました。すると彼はけだるそうなポーズでリピートしたのです。私は彼の両肩を抱えたり背中をなでたりしながら「うん。ばっちり!すごい!発音もいい!今日のノルマは達成だね!次の時間は2番にいこうね!」と言いました。それまでの彼なら、体に触れられそうになった瞬間に怒りを表していましたが、その時、そのような反応はまったくありませんでした。私は、「あ〜、今日はいい日だ!うれしいな〜!」と大きな独り言を言いながら彼のところを離れました。

 次の時間も同じようにプリントを用意し、「今日は2番までやってみよう」と言うと、同じように1番と2番をリピートしました。けだるそうに。

 次の時間は3番。

 そして次の時間、私がプリントを持って近づくと、彼は「わかったから、大丈夫だから。4番までだろー?できるから!」と言って自分から読んだのです。そこで私は、「ん!さすが!」と言い、まかせました。

 その次の時間、信頼しきっている素振りでプリントだけを渡して彼から離れていました。しばらくすると、ペアの女子が突然「先生!○君が全部読みました!」と叫んだのです。

 すると、周りの生徒達が拍手をし始め、次第に教室中にクラスメイトの拍手が響きました。本当はみんな一緒に良くなっていきたいと本能的に思っているのだと感じた拍手でもありました。

 実は、彼がかけがえのない大切な存在であることを、私もクラスメイトも心の奥では知っていながら、彼がそういう存在としてあらわれるまで、意識することができなかったのではないかと、改めて考えさせられました。

 彼は次第に授業を妨害することもなくなり、廊下ですれ違うと話しかけてくるようになりました。また、同じクラスの女子が、ある時、「先生のことが好きだっていつも言っているんですよ」と伝えてくれました。学年の終わりが近づいた頃には、誰もいない放課後の教室を訪ねてきて、翌年の担任を逆指名してくれました。

 この出来事で、いくつかの事を掴みました。

 「四魂の窓」を通して見ると、相手の個性をそのまま受け取り、承認し、尊重することが、納得しながらできるようになる。相手の表面的な言動に左右されることなく、その奥にある究極の思いにアクセスすることができるようになる。相手と自分のあいだにある心の垣根の乗り越え方が見えてくる。

 この少年との出会いが、私を更なる探究の道へといざないました。

 次回は、「四魂の窓」のテクノロジーについて、更に詳しく見ていきます。


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