2006/10/02   

第2話 歩き始める時

カイト君、心の声

 

 第一話に続き、沖縄で行なわれたニート自立支援塾の三期生、カイト君がその後どうなったのか―?誰もが興味深いものだろう。

 私自身、この塾が立ち上がるまでは、ニートと呼ばれる若者はマスコミの話の中に出てくる人たちくらいにしか思っていなかった。

 どんな若者なのか、最初は怖さもあり興味もあった。

 が、実際、関わっていくと、優しい人たちばかりだ。「優し過ぎる」といったほうがいい。しかし、優しさには二通りある。強さから来る優しさと、弱さから来る優しさだ。

 彼らは、明らかに後者である。

 その弱さの原因に自己否定がある。そしてその自己否定の原因は、どこから来ているのか―。

 過去に遡り、自分は義母から嫌われている、誰からも愛されない、必要とされていないと自己嫌悪に陥ったカイト君だが、私は彼の自己否定の原因がつかめたことで、ヤマは超えたのだと確信していた。

 この合宿が行なわれた時、受講生の他にボランティアスタッフが7名ほどいた。私はその中のひとりの女性にカイト君と向かい合うような形で椅子に座って欲しいとお願いした。

「カイト君、この人をお母さんだと思って・・・、今まで、そう23年間だったかな。言いたくても、言えなかった事を言ってみてごらん・・・」

「・・・」

 カイト君は私の問いかけには答えず、下を向いて黙ったままだ。

 その後、しばらく沈黙が続いた。誰も何も話さなかった。

 私は、この時間は最も重要だと考えている。なぜなら、「沈黙」は人が大切な何かを話す前の大きな信号だからだ。私は、ここから先は傾聴者に徹しようと思った。

 人は、「誰かが自分の話を聞いてくれる」ことで安心できる。「自分を受け入れてくれる」とうれしく思う。そしてその思いが「じぶんはここにいていいのだ」と自分の存在価値を認めるきっかけに繋がっていくのである。

 

何分ほど経ったのか、私は時計を気にする余裕もなかったのだと思う。カイト君の心に、身体に私自身も神経を集中させていたのだ。

 すると、カイト君は突然、ヒョイと顔を上げ、目の前の女性に向かって小さな、消え入るような声で言った―。

「・・・死ね・・・」

「もっと大きな声で言ってごらん」

「・・・死ね」

「もっと!もっと大きな声だ」

「死ね!」

「腹の底から声を振り絞って、力の限り大きな声で叫ぶんだ!」

「死ね!」

「もっと!」

 そんなやりとりが7,8回繰り返された後、周りが驚くほど大きなカイト君の声が響き渡った。

「死ね!お前なんか死んでしまえっ!殺してやりたい!」

 これが、最初私が会った時に見たあの誠実そうな青年なのか―。

 ふと正面にいるボランティアの女性を見ると涙を流しているではないか。

 そして、涙をいっぱいためた目をまっすぐカイト君に向けてこう呟いた。

「お母さんを許して・・・」

 瞬間、眉が垂れ下がり、唇を噛み締め、涙をこらえているカイト君の表情がまるでスローモーションのビデオにでも映し出されたかのように、はっきりと見て取れた。

「そのひとことが・・・聞きたかったんだよ・・・」

 カイト君はたちまち泣き崩れ、目の前にいた女性に抱きついた。女性はカイト君を強く抱きしめた。

 その時、私はふと自分の少年時代を思い出していた。

 当時の私もまた、カイト君とは正反対の意味で父親によって自分の存在価値を失いかけていたからだった。

 母親に愛されていないと感じることで、自分の存在価値を失っていたカイト君と、父親の愛情と期待が強すぎて自分の存在価値を失いかけていた自分―。足して2で割ればいいバランスなのだろうが、自分の人生や生い立ちを他人のものと足したりひいたりなどできるわけがない。

 心のバランスを正常に保つことは、若ければ若いほど、そして子どもやニートのように社会との係わり合いが少なければ少ないほど、難しいのだ。

カイト君と女性のあまりにも温かな抱擁を見守りながら、私は、厳格な父、佐々木雅一のことを脳裏に描いていた。

 頭の中で誰かの声が響く―。

「あんな素晴らしい有名塾の息子さんや。偉ろうなりはるで!」

 次に子どもの頃の、まだ変声期を迎える前の、私自身の声が聞こえた。

「俺はいやや!俺は違う!親父とはちがう!」

 私は、頭からその声を振り払うようにカイト君に話しかけた。

「今、どんな気持ち・・・?」

「はい・・・。少し、すっきりしました・・・」

 真っ赤な目を向けてカイト君は答えた。

「よかったね・・・。僕もうれしいよ。少しは自分のこと好きになれそう?」

「はい!」

 その時の彼の表情は、合宿に参加したその日とはまるで別人だった。

 死んだ魚のような目は、きらきらと輝き、誰もが満たされるほど温かな空気を周囲に解き放っていた。私には、カイト君の変化が自分のことのようにうれしかった。

 カイト君の曲がった心の軸は、少しずつバランスを取り戻しつつあるようだった。

 

1から5の歩み、そして10を目指せ!

 

 その二ヵ月後、私は再び沖縄に出向いた。合宿終了まであと一ヶ月を残すだけだった。

 カイト君を含めた13人は、あとひと月で自立してここから出て行くのだ。

 私は久しぶりに会うカイト君と立ち話をしながら、気楽に聞いた。

「自己肯定感を最大10とした場合、今ならどれくらいになる?」

 カイト君は下を向き、「えー!」と頭を掻きながら照れくさそうに「5、くらいかな」と答えた。

「そうか!5か。今、どんな気持ち?」

「少し楽になりました」

 カイト君もそうだが、この手の子どもたちはよく「楽になった」「スッキリ」したという表現を使う。「拒絶し続けていた自分自身と向き合う」ことで、精神のバランスが正常に保たれ始めすっきりするのだ。こういった面からも、自分を受け入れられない、自分が好きになれないことが、いかにその人の人生に多くの障害をもたらすかがわかるだろう。これはもちろん子どもや若者に限ったことではない。老若男女すべてに言えることだと思う。

 

その後、カイト君から突然私に連絡が入った。合宿が終わってちょうど一ヶ月が経っていた。

「小さいとき別れた母親とも会ったんです・・・。自分を捨てた人、という気持ちもあったけれど・・・とにかく会ってみようと・・・」

「そう・・・。お母さんに会えたんだね」

「はい・・・。母親は・・・『23年間ボクのことを忘れたことはなかった』って、そういってくれました・・・」

「そう・・・。カイト君のこと忘れたことないって言ってくれたんだね」

「はい。『会いに来てくれてありがとう』っていってくれました」

「そう。よかったね。すごいね。・・・ところで・・・今のお母さんとはどう?」

「はい。もう記憶にもないくらい顔も見てないんですけど、『今まで育ててくれてありがとう』って言うことができました」

「へえ!すごいね」

「あの・・・それと・・・握手したんです。自分から手を差し出して」

 一緒に住んでいた母親と「握手」した、という彼の勇気を私は心底微笑ましく思った。

「そう!よかったよ!うれしいよ!うれしいよ!僕も・・・」

 私は声のボリュームを大にして喜んだ。

 私のその反応が彼にはとても嬉しかったのだろう。カイト君は「へへへ・・・」と照れくさそうに、しかし、どこか誇らしげに笑った。

わずか4ヶ月前には、自己嫌悪の塊だった人間が、今では、自分を認め、受け入れ、周囲の人間に対しても寄り添えるまでに成長している。

 自己を肯定する素晴らしさを知った人間は、他人を肯定することの素晴らしさも知ることができる。なぜなら他人の悪口を言う自分は嫌悪の対象となるが、他人を思いやれる自分は肯定に値する。他人を肯定することは自分を肯定することにも繋がるのだ。

人間とは自他共に肯定することで幸せが約束されるのだと私は思う。それを子どもたちにも気づいてもらいたいと心から願っている。

果たして私自身に「今の自分の生き方を肯定できるか」と問うてみると、「イエス」である。そして、私がいつもイエスと言える後ろには、多くの子どもたちやカイト君のような若者がいることを忘れてはならない。

「ありがとうございました」「ここに来てよかったです」

 その一言が、私の心のバランスの軸となってくれるのである。

最高の師範とは最高の門人に育てられているということを忘れてはならない。

これこそが、私の父、佐々木雅一に教わった教育の不文律である。

しかし、カイト君同様、私も子どもの頃から自分自身を肯定できたわけではない。

言い方を変えれば、父親を困らせることで無理やり自分を肯定したかったのかもしれない。歪んだアイデンティティとでも言うのだろうか?

小学校時代の成績も決して良くはなかった。宿題もほとんどやったためしがなかった。

それでも、父親の前では“いい子”のふりをしていた。父親に逆らっても得なことなど何もなかったからだ。

同じ頃、私の姉は父に逆らって、よく平手打ちを食らわされていた。その時、私は幼な心に思った。「ねえちゃん、アホやなあ。黙っとく方が『得』やのに・・・」

私は、はっきり言ってズル賢いタイプだった。

その点、カイト君やニートの若者の多くは、とても純粋で素直な心を持っていると思う。

だからこそ身近な人の心無い一言に傷つき、自分を責めて、自己否定の挙句弱い自分を創ってしまうのだ。

しかし、彼らのようなタイプは一度立ち直るとあれよ、あれよと前に進み出す利点もある。大切なのは、突破口となるきっかけというわけだ。

自己を肯定できない人間はこの世にたくさんいる。だが、自分も含め、多くの人間は、様々な経験を経て、自己を肯定する素晴らしさを学び、身につけてきたのだと思う。そこには多くの葛藤があったはずだ。

 そして、要領よく、ズル賢い子だった私自身も、いい子のフリをする苦痛から、とんでもない“あほボン”に変身し、波乱万丈の末、今を生きているのである。

 しかし、そんな経験の積み重ねがあったからこそ、今の自分、そしてカイト君や多くの子どもたちとの出会いがあったのだと確信している。

 カイト君は今、沖縄の農園で働いている。自然との対話を楽しみながら、今後どんな仕事が自分にできるのか、自分に向いているのかを模索中だという。彼からの次の朗報が楽しみである。

 

※ 次回は自身の生い立ちから生き方について語ります。

 

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