2011.06.13   

55話: 能登島キッズランド      
         合格達成セミナー合宿(エピローグ) 

2010年の夏に行われた合格達成セミナーは、解散の場に来てようやくその課程をすべて完了することができた。

毎年同じ合宿は行われても、同じように事は運ばない。

教育業界で働く我々は、それを肝に銘じ、指導者が子どもたち一人ひとりに真剣に向き合わなければ成功に繋げることはできない。この合宿での子どもたちの成長は私たちが教育者としての力を試されている試験でもあったわけだ。

この合宿で、子どもたちは「やればできる」という自信と自己肯定を手に入れた。

わずか3泊4日でまるで別人のように変った子どもたちを見て、保護者はまるで我が子が「魔法」にかけられたように思っただろう。

だが、これは子どもたち自身の汗と涙が創り上げた結晶であり、そこに至るまでの子どもたちの苦しみは、保護者の想像をはるかに超えるものだったに違いない。

もし、合宿の場に保護者がいれば、子どもたちの限界ぎりぎりの姿を見て、「もうやめてください!」と泣きながら子どもの手を引き連れて帰るか、我が子の手を握り締め、泣きながら祈るように固唾を呑んでその様子を見守るかのどちらかだろう。

それほどまでして手に入れた結晶だ。

合宿後は、この結晶が砕けてしまわないよう受験直前までグループリーダーたちがフォローアップを行う。

これはリーダーたちが、定期的に塾生に電話をかけてモチベーション維持を仕掛けるというやり方である。

合宿で一気にやる気に火がつき、子どもたちはしばらく強い気持ちを持ったまま勉強に立ち向かうことができる。が、時間が経過するに従って、大きく振られていた振り子は徐々に勢いを失い弱くなってくる。子どもによっては、その振り子が止まってしまう可能性もあるため、振り子が止まらないようリーダーが電話で様子を確認し、状況に応じて様々なアドバイスや激励を試みるわけだ。

そして子どもたちを一気に受験まで走らせるため、合宿を終えた一ヶ月半後の2010年11月には、合格達成セミナー参加塾生を全員集めた「フォローアップセミナー」が開催された。

セミナーに集まった子どもたち29名を目の前にして、トレーナーを務めたサムライは表情を堅くした。

振り子が弱くなっている子どもたちの様子が覗えたからだ。

その表情には、合宿の時に得た輝きや情熱はどこにも見当たらない。

合宿では、スタッフたちの士気に肖って魂に火を灯せたが、家庭に戻り、自分の甘えが許される状況が整うことで、せっかく灯した火が消えてしまったのだ。

子どもというのは素直なだけに、その心に火をつけるのは方法さえ整えば簡単だ。しかし、合宿で揺さぶられた振り子は一過性となる場合も多く、逆の方法が整えば火が消えてしまうのも容易い。

だからこそ、合宿という一時の「イベント」だけに頼らず、「持続」を促す手立てを組んでおかなければならない。振り子を揺さぶり続け、心に火を灯すことを「習慣化」させなければ、成功には繋がらないのである。

合宿後のフォローアップは、こうなることが予測の上で当初から組み込まれたプログラムだ。
 
 そもそも合格達成セミナーに参加した子どもたちは、受験勉強そのものにも、まともに取り組めない子どもたちである。ついテレビやゲームを見てしまう。別に今日やらなくてもいいや!と誘惑に負けてしまう。何のための受験なのか、その動機を作ることも、モチベーションを維持するのも元々苦手な子どもたちだ。

合宿後、モチベーションが下がってしまった子どもには、グループリーダーは電話だけに留まらず、直接自宅に出向いて「檄」を飛ばして、叱咤激励を何度も試みた。

また入試前日には、「激励電話」をかけ、全力で受験に挑むよう勇気付けた。

合格達成セミナー合宿は、あの4日間だけで終わりではない。

また、入試が済めばそれで終わるというものでもない。

もし、入試のみがすべての目標なら、教科教育を徹底的に詰め込む合宿の方が、はるかに効率がいいだろう。しかし合格達成セミナー合宿は、受験に勝てばそれでよいという目線で創られたものではない。この合宿が本来意図するところは「合宿=受験」に合格のみならず、「合宿=幸せになるためのデザイン創りのヒント」を子どもたちに与えるということなのである。

 そして―、2011年が開け、受験が終った。

その結果を見た私は、合宿に参加していたキャンプネーム「鉄」の名前に目を止めた。

鉄は、チャレンジ校として目標を掲げていた学校(同志社香里)に見事に合格を果たしていた。これは鉄が本来持っていた学力に対して、かなりレベルの高い上位校に合格したといえる。

第一志望校合格を果たした子どもたちは他にも大勢いたが、鉄が合宿最後の日、閉村式の前に言った言葉があまりにも印象的だったので、私はそのことを思い出していたのだった。

閉村式の時、鉄はみんなの前で言った。

「ぼくは、今日から“鉄”改め、“鋼”にします!」

この言葉にスタッフはあの日、みな笑顔で拍手を送ったのである。

ぽっちゃりとした白い顔のほっぺたを真っ赤にして「ぼくは鋼だ!言ったからには絶対にやってみせる!」といったあの時の鉄の顔は今でもはっきりと覚えている。

この合宿で鉄より頑丈な鋼の意思で、受験に挑むのだという決意がその時の彼からは伺えた。そして、鉄の願いは叶った。

鉄は自分なりの有言実行という手段で、モチベーションを持続させ、成功を手に入れた塾生と言えるだろう。

その鉄も含め、昨年夏、能登島キッズランド、合格達成セミナー合宿に参加した塾生29名中、28名が見事合格。勝ち取った合格数は延べ49校、関関同立系以上の学校に合格したのは16人というまさに奇跡のような結果であった。

また、子どもたちが合宿で手に入れたのは、中学受験合格という目先の結果だけではなかった。合宿と受験を終えて寄せてくれてた子どもたちの感想からは「人への感謝」が多く語られていたのである。

子どもたちは合宿を経て、成績や合格という目先の目標だけではなく、人は他人に支えられて生きているのだという社会の仕組みについても気づきを得たようだった。

その点で特に印象的だった参加者、キャンプネーム桃留の感想文を一部ご紹介しよう。

「合格達成セミナー合宿に行って、私は強い心と自信を得ることができました。合宿が終ってからも支えてくれたのは、グループリーダーの存在と契約書です。

合宿から帰ってからも苦しかったことがありました。でもそんな時にはいつもお父さんお母さんが支えてくれました。

わたしも最後までがんばれたと思うけど、一番がんばっていたのは、お父さんとお母さんだと私は思います。お父さんは、会社でずっと残業をして、お母さんはヘルパーの仕事で私を支えてくれていました。とてもうれしかったです。こんなことを経験すると愛されているな、もっとがんばろうと思えました。それぞれ、みんながしてくれたことが重なって、私は立命館宇治中学校に合格しました。達成セミナーのみなさんありがとうございました」

桃留の感想を読んでもわかるとおり彼女のベクトルは合宿が終った時点から自分ではなく他人に向けられている。これは私が最も望む結果で、他人にベクトルが向いている人間は、誰かのために役に立ちたいと願い、他人を幸せにすることで、自分が幸せを感じることができるのである。

そういった意味で桃留は、すでに幸せになるための自分の人生をデザインし始めたと言えるだろう。

こうして、2010年の合宿が終り、2011年の春、子どもたちは自分の将来に向かって新たな一歩を踏み出し始めた。

成績がいいだけでは、世の中のため、人のために動く人づくりはできない。

ベクトルが内ではなく外に向けられる人づくりこそが、我々がやるべきことであり、弊社のグランドミッションに通じる基本なのである。


志あるリー ダーのための「寺子屋」塾トップページへ