2008/06/23    

12話 寺の小僧と医学部生の2重生活

 

真理の探究は、世界3大宗教のひとつである仏教の「法華経」、キリスト教の「新約聖書」という聖典の読破から始まりました。同時に実践としても真理を体得したいと思い、まずはお寺で実際に修行をしながら法華経の理解を深めたいと考えていました。

ちょうどその頃住んでいた賃貸アパートに、とても心優しく、アパートの我々住人たちを大変よく面倒見て下さる管理人のご夫妻がいらっしゃいました。その奥様は60歳代の信仰心の厚い方で、私たち学生や他のアパートの住人たちを実の子供のようにかわいがってくれました。

その奥様といつものように管理人室でお茶を飲んでいたある日、「自分が女学生の頃、大変すばらしい人格者のお坊さんがいる日蓮宗のお寺があった。今はその息子さんが寺を継がれているようだ」という話を聞き、僕はただ法華経を学びたい一心で、紹介者もなく、管理人の奥様から聞いた場所を目指して、いきなりそのお寺の玄関に飛び込みました。

「法華経の勉強をしたく、ここで修行をさせて下さい!!」

と申し出たのです。今思うとなんとも無謀な事をしたものです。

玄関で対応してくれたそのお寺の奥様と思われた方は、かなり驚いた様子でした。それはしごく当然です。いきなり見ず知らずの20歳くらいの若造が尋ねて来て、修行をさせて欲しいというのですから。しかし奥様は快くご主人である住職の「御前様」にお話して下さるということで、私は畳の間で待つことになりました。

しばらくすると、真っ白い着物を着た、歳は60代の、背筋がしゃんと伸びてがっしりとした体格の御前様が笑顔で現れました。そして幸いにも僕の申し出を大変気持ちよく受け入れてくれました。この御前様が、管理人の奥様が話していた、人格者であった住職さんの息子さんであり、後に私の大師匠となりました。直接の師匠は、この御前様の息子さんの栄明上人という方で、ちょうどその年の春に立正大学の大学院を卒業してお寺に戻って来られたばかりでした。まさに今法華経を学んでいる教学の徒である息子さんが、私にふさわしいという御前様のご判断だったのでしょう。

そしてその年の12月から、今からみれば修行のまねごとのようなものだったのですが、私のお寺の小僧生活が始まりました。

朝は午前5時に起床し、自転車で10分ほどの寺に向かいました。初めに門前や庭、玄関そして本堂の掃除をして、6時からはお師匠さんの後ろに座り読経をしました。その後お寺のご家族やお手伝いの方々、内弟子のお坊さんたちも加わった大勢で一緒に朝食をいただきました。医学部の授業に出席するときはそのお寺から大学に行き、授業のないときはそのお寺の畳の間で正座をしながら法華経の経典を勉強し、疑問なところがあると師匠に質問をしたり、討論をしたりしながら次第に理解を深めていきました。

また時には、寺の過去帳を書いたり、師匠と一緒に檀家めぐりをして世間話をしたり、大師匠である御前様の大勢いる弟子のお坊さんたちの会合にも、師匠と共に出席させて頂いたりしていました。そんな生活でしたので、いつも隣にいる人たちが黒い袈裟を着たひとたちばかりで、自分の環境がまるで僧侶のような生活となりました。

さらにこういった小僧生活の間にも、日曜早朝ごとに行われていた禅宗の座禅会に参加したり、キリスト教の教会に行き聖書の講和を聴いたり、さらには親友とともに聖書研究会に参加したりと、仏教やキリスト教にこだわらず、がむしゃらに真理を掴みたいという思いの日々を送っていました。

そんな小僧生活のある日、日蓮宗での大事な修行のひとつである、お題目の「南無妙法蓮華経」を繰り返し唱え続ける「唱題行」を、ひとり本堂で打ち込んでいたときのことでした。季節は春、土曜日の夕方近く、まだ日が沈む前の時間であったと思います。

今まで私の身体にすっぽりと収まっていた魂が、まるで身体から飛び出して伸び上がったかのようになり、私の意識は私自身の頭を見下ろしている格好となりました。すると私の意識はさらに高みへと昇り、本堂の屋根を越えてグングンと上昇を始めたのです。住んでいた街並みをあっという間に見渡せるほどの高さに上がったとおもったら、ついには雲を突き抜けて地球を包み込むようにして見下ろしているところまで上昇したのでした。

その間も私は唱題行を止めることなく、ひたすらお題目を唱え続けていました。この感覚はいったい何なのか?これが幽体離脱ということなのか?意識は極めて清明でしたし、夢を見ているわけでないのは明らかでした。

どのくらいの時間、この幽体離脱をして地球を見下ろしていたのでしょう。元の身体に戻るときはあっという間でした。その後しばらく唱題行を続けてから終え、時計を見ると、開始からおよそ1時間が経っていました。

この体験は、その後解剖学実習で徹底して人体構造を知ることになりましたが、人間の本性は魂であり、人体という肉体は、この世でこの本性である魂を鍛えるために魂が宿るいわば「宮」、ひとつの乗り物ということを、理屈抜きに実感させてくれました。ちなみに「南無妙法蓮華経」とは、「妙法蓮華経(法華経)の法である御教えに帰依する」、つまり「身をささげて法華経の教えを信奉する」、ということです。

医学部での6年間は、比較的時間に余裕のある2年間の教養学部時代と、実習や専門科目で大変忙しい4年間の医学部時代に分けられます。小僧となったこの時期は前者の時期であったため、まだ専門の勉強もほとんど始まっておらず、自分がいったい坊主になろうとしているのか、はたまた医者になろうとしているのかわからないくらいの、小僧と医学部生のまさに2重生活になっていました。

次回からこの小僧時代に夢中になって学んだ、数ある仏典のなかでもその真髄となる「法華経」とキリスト教の「新約聖書」について、お話していこうと思います。

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