2009.03.23   

第26話  すべての治療の基本「栄養療法」

−薬だけに頼らない医療を目指して  その1

診療の場やそれ以外の場でも、最近よく聞かれることに、「薬に頼りたくない」、「薬は飲みたくない」といった声があります。誰もが、薬の効能は認めながらも、その反面にある副作用への不安や警戒心を持っているからこそ出てくる声だと思います。また、薬だけに頼るのでなく、もっと「自然な形」で癒したい、というまさに「自然な気持ち」から湧き出た声だと思います。

今回は、そんな「薬だけに頼らない医療」を行っていく上で大変重要であり、現在、渋谷塚田クリニックで行われている治療のひとつ「栄養療法」についてお話します。前話で少し紹介しましたが、この療法は、今行われている薬剤や手術さらに放射線治療も含むすべての治療の根底にあるべき治療、と私は考えています。どうしてそれほど大切な治療なのか?その理由や、「栄養療法」による治癒例そして実際の診療についてこれから話していきます。

こころの病の原因のひとつに栄養不足があった! 

私が「栄養療法」を研修していたクリニックの外来での話です。20歳代のその女性は、数年前から「統合失調症」(2002年精神分裂病より改名)の診断のもと、ある病院の精神科から、抗精神病薬や睡眠剤など合計8種類もの薬を処方されていました。「おまえはだめなやつだ!」といった自分を誹謗中傷する幻聴に悩まされ、一日中家に閉じこもりきりの生活が続いていたのです。

そんな中、「栄養療法」のことを知った彼女の家族は、娘を少しでも元気にしてあげたいという切実なおもいから、彼女を連れてこのクリニックを訪れました。そして、さっそく「栄養療法」が開始されました。治療のひとつとしての食事指導では、特に糖を摂ることを制限しました。ケーキなどのお菓子やジュースはもとより、主食も、白米よりもビタミンやミネラル、食物繊維の多い玄米に変更しました。また、この食事指導と同時にもうひとつのアプローチとして、採血結果からわかった必要な栄養素、特にタンパク質や鉄それにビタミンB群などを、サプリメントで摂る治療を始めました。

治療開始から6ヵ月後には、あれ程悩まされ続けた幻聴も次第に減り、たとえ聴こえたとしても気にならなくなってきました。またときおり家の外で散歩をすることもできるようになりました。そして1年後には、飲んでいた薬も数種類に減り、少しおしゃれを楽しむことができるようになったのです。その後彼女が治療に専念できず、症状が後戻りすることもありましたが、治療開始2年後には、ちかくのコンビニエンスストアで週3回程バイトとして働けるまでになったのです。あれほど多くの薬を服用しても幻聴に悩まされ続け、健常な日常生活に戻れなかった彼女でしたが、食事改善と栄養素をサプリメントで補うこの「栄養療法」で、現在は見違えるほど元気になったのです。さらに、最近彼女が結婚したという大変嬉しい話を聞くことができました。

現代医療で見過ごされていること

すべての精神疾患が、この症例のように「栄養療法」で改善するわけではないと思います。しかし、この症例には、現代医療で見過ごされている、再認識すべき2つの大きな示唆があると思います。

再認識すべき示唆のひとつは、『私達人間は、「こころ」と「身体」が相互に影響し合っている存在である』ことだと思います。

精神疾患というこころの病であっても、「こころ」だけが原因ではないということです。つまり、私達の身体を作っているタンパク質や糖、脂質それにビタミンやミネラルといった栄養素の問題が、こころの問題として影響することもあるということです。

こころの問題が原因で身体症状となって表れる「心身症」はすでに認められていますが、身体の、特に栄養素の問題が原因となってこころの症状として表れる、言わば「身心症」といった相互関係が成り立つということです。つまり、その人にとって身体に必要かつ十分量の栄養素がない場合、こころの病と診断される症状を引き起こすことがあるということです。特に現代病とまで言われている「うつ病」という病状や、突然暴れだし自制が効かなくなる「キレル」といった行為は、ストレスが大きな原因のひとつですが、鉄といったミネラルやビタミンなどの栄養素の潜在的な不足や、過剰な糖分摂取による血糖調節の乱れが原因にもなるということです。

もうひとつの再認識すべき示唆は、『私達には「自然治癒力」という健康を維持するシステムが本来備わっている』ことだと思います。すべての治療において、この原点に立ち返る必要があるということです。

現代医療は、病気に対して、薬を与える、手術をする、放射線を当てる、といった身体の外からの人工的・人為的なアプローチばかりに注意が注がれています。その発想は、まさに、医師による病気への挑戦や格闘といった感じがします。こういったこともとても大事なアプローチではありますが、病状改善には、本来私たちがもっている自然治癒力を最大限に発揮させることが、何よりもまず先になすべきことだと思うのです。

そのためには、私たちの身体をより最適な状態に導くこと、すなわち、栄養素をバランス良く十分に整えることが必要だということです。何故ならば、私達の身体は毎日摂る栄養素によって作られているからです。そうすることで、本来ある自然治癒力が最大限に発揮され、より健康へと向かいます。こうした身体を構成する本来ある栄養素を使った、より自然的なアプローチである「栄養療法」は、身体の外からの人工的なアプローチとなる現代医療とも相乗効果をもたらします。

このように「栄養療法」は、私達が本来持っている自然治癒力をアップさせ、より健康な状態を目指します。このことが、「栄養療法」はすべての治療の基本であり、根底にあるべき治療である、と私が言う理由です。だから「栄養療法」の対象疾患も、こころの病からアトピー性皮膚炎、さらにはガンにいたるまで、すべての疾患が対象となります。

痛みや発熱などの急性症状に対しては薬も必要ですし、手術をしなければならない病状も、もちろんあります。しかし、病気の予防やより健康的で質の高い生活を目指すならば、普段から、食事や栄養素を補うサプリメントを使った「栄養療法」を取り入れることをお勧めします。また、すでに何らかの治療を行っているならば、この「栄養療法」と併用することでよりよい効果が得られます。

「分子整合医学」に基づいた「栄養療法」
 −従来の栄養学との違い 欠乏予防からさらなる健康増進へのアプローチ−

「栄養療法」は、「分子整合医学」というノーベル化学賞と平和賞を受賞したライナス・ポーリング博士が提唱した理論に基づいています。私達の身体を構成し、健康を維持していくために必要なタンパク質や糖、脂質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素は、炭素や水素、窒素、酸素といった分子から構成されます。「分子整合医学」とは、この栄養素(=分子)を必要十分量補給することで、身体にとって最適な生化学的な代謝環境を整え(=整合)、理想的な健康状態をもたらそうとするものです。

従来の栄養学に基づいた治療は、身体にとって絶対的に栄養素が不足した「欠乏状態」にならないためのアプローチでした。栄養素の欠乏によって起こる病気として、例えば、ビタミンAの欠乏が原因で夜暗くなるとあたりが見えなくなる「夜盲症」、ビタミンB1の欠乏が原因で下肢のしびれといった神経障害やむくみを起こす「脚気」、ビタミンCの欠乏が原因で歯肉出血に始まり大航海時代には多くの船員が死にいたった「壊血病」などがあります。従来の栄養学は、こういった栄養素の絶対的な欠乏が引き起こす病気を予防するという立場であり、いわば病気のみに感心が向けられたアプローチでした。

これに対して「分子整合医学」に基づいた「栄養療法」は、もっと積極的に栄養素を摂ることにより、健康を維持し、より活力を増すという立場にある、いわば最高の健康を目指すアプローチとなります。この「栄養療法」を取り入れることにより、「人生が変わりました!今、青春時代を取り戻したようです!」とおっしゃってくれている患者さんの1例をご紹介します。

その患者さんは、私のクリニックに昨年の6月から通院して下さっている、50歳台の女性の書道家です。それまで彼女の書く書道の作品は、いわば半紙サイズに書かれた細々とした草書体の字でした。風邪も引きやすく、外出するにも体力に自信がなく、電車などに乗ることもできず、クリニックにもタクシーで来院されていました。そんな彼女が、「もっと健康的な自分になりたい!」ということで「栄養療法」を開始しておよそ3ヶ月を過ぎた頃から、彼女は自分の体力が確実に変わり始めたのを感じました。

そして半年を過ぎた頃には、彼女の書道の作品も大きく変わりました。今では4畳半もあるほどの紙に、太く大きな筆を持ち、身体全体を使ったとても大胆な作品を書くようになったのです。これほどまでにパワーアップした彼女に、彼女の書道仲間はもとより書道の師匠も、皆ほんとうに驚いているとのことです。そんな彼女は近々個展を開く計画があり、今では研鑽を積むために国内だけでなく、海外にも出かけられています。

さて、次回もこの「栄養療法」の話の続きとなります。

 

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