2013.9.16  

第1部 エソテリック(Esoteric)

 

この連載は、「誰もが健康になり」、「誰もが健康である」ために書かれたものだ。最後まで読んだら、不健康な人が健康になる、あるいは健康な人はもっと健康になる、というのがこの連載の目的だ。その第一歩はまず、「健康である」ためには、「健康になる」ことは、あきらめるべきかもしれない、ということだ。

健康になりたい、という思いには、自分は今は健康ではない、という意識が伴っている。「健康である」人は健康なんだから、「健康になる」必要は全くない。実際、健康な人は、特に健康になりたいとは思わないだろうし、そもそも健康のことなどあまり気にしていないだろう。だから、健康になりたい、と思っているかぎり、それに伴ってどうしても、自分は健康でない、という意識も続いてしまう。

それなら、「自分は健康である」と無理にでも思い込んだら、健康になれるのだろうか。顔色が悪くて不健康そうで、病気がちの人が、あるいは大病を患っている人が、はたして「自分は健康である」と思えるだろうか。たとえ、そう思えたとしても、そう思っただけで、本当に健康になるのだろうか。

 

第1章 不思議な体験

それは本当に一瞬の出来事だった。1991年の夏の終わりのことだ。東京の上野の近くにあったホテルの、会議室のような広い部屋で、私は椅子に座るように言われた。私の横には、年齢は60歳くらい、細身で、おだやかな表情をした女性が立っていた。容貌は少し日本人離れしていて、おそらく若かったころは、かなりきれいな人だったろう、と思う。その女性に私は問いかけられた。「どこが疲れているんですか」。

確かに私は疲れていた。その時は金曜日の夕方で、私は会社勤めをしていたから、普通は誰でも疲れているかもしれない。それでなくとも、その1週間くらい前に中国の旅行から帰ってきて、ひどく腹を壊し、まだ十分に回復していなかった。私は疲れを全面に表現していたと思う。特に背中にだるさがあった。だから、どこが疲れているかと聞かれたとき、「一番疲れてるのは、背中の腰の上の方です」と、その場所を指差そうとした。

「指で差すのではなく、口で正確に説明してください」とその女性は言った。顔はとても穏やかだけれども、口調は鋭く、威厳があった。私は、「疲れているのは、右肩から10センチ、そこから下に40センチの辺りです」となるべく正確に説明した。すると彼女は、「受け取りました」とはっきりした口調で言った。

この人は「はい」という受け答え方を決してしなかった。私が何かを言うごとに、「受け取りました」という言葉を返してきた。この後また彼女が、「どこが疲れてますか」と尋ねてきたので、私は全く同じ説明を口でした。すると再び、「受け取りました」という返事が返ってきた。

この全く同じ問答を5回繰り返した。そして「どこが疲れてますか」と6回目に聞かれたとき、私は背中のだるさが全く消えていることに気がついた。思わず、「疲れてません。背中の疲れは消えました」と答えた。そこで彼女は同じように、「受け取りました」と言った。その瞬間、私は、「今疲れていたのは、本当だったんだろうか」とふと思った。

その時、彼女はにこっと微笑んだように見えた。その次の瞬間だ。学校に行きたくなくて具合いの悪い振りをし、さぼったときの、何か後味の悪い感覚が突然、私によみがえった。「病気も仮病のように、自分で作ったんじゃないか」という考えが唐突に私の頭をよぎった。

私は実は、その女性と会うのはあまり気乗りがしなかった。こうなったのはそもそも、そのときに私が勤めていた会社の同期の同僚が、その女性に会うことを熱心に薦めたからだ。ところが、いざその日が近づくと、失敗したな、という後悔の念に襲われた。無料ではない。結構な料金を払っている。キャンセルしてもお金が返ってくるわけでもない。そうやって半ばいやいや会いに来たから、この疲れは、自分は本当はやる気がないんだぞ、ということを態度で表しているだけではないか、とその時ふと思ったわけだ。それは実に私らしい。口ではっきり言えばいいものを、そうやって態度で表す。

その女性とは、その疲れの問答以外にも、いろいろなことで話をした。その都度、彼女の指摘は非常に鋭く、的を得ていて、理屈では自信のある私も、感服せざるを得なかった。彼女との話のやり取りはとてもおもしろく、私は一晩中でも続けたかったが、時間が来たので、ともかく彼女にお礼を言って、その場を立ち去った。

その日の夜おそくに、私はレストランで食事をした。すると、お腹がすっかり治っていることに気がついた。中国から帰ってきてから1週間、食事をするごとにトイレに駆け込まなければいけない有様だったのが、うそのように良くなっていた。

それでなくとも私は、小さいころからお腹が弱く、週に1回はお腹をこわしていた。お腹だけではない。小さいころは小児ぜんそくで、頻繁に風邪をひき、鼻血をよく出し、寝かされてばかりいた。大人になってからも、少なくとも年に数回は風邪をひいた。いったん風邪をひくと、発熱と具合の悪さで、少なくとも3日は寝込まなければならなかった。

ところが、疲れの問答をして以来、私は滅多にお腹をこわさなくなった。 そして何とこの後、5年間は全く風邪をひかなかった。その後はひいたとしても数年に1回、具合いが悪いのは長くてもせいぜい1日で、仕事を休む必要がほぼなくなった。

私の父は、30歳という若さで、胃ガンで亡くなった。私は小さい頃から死ぬのがものすごく怖かった。いずれはガンになるのでは、と恐れていた。ところが疲れの問答を境にガンへの恐れはほぼ飛んでしまったようだ。もしあのままだったら、今頃はすでにガンを患っていたかもしれない。しかも、よくお腹をこわしていたから、父のように胃腸系のガンになっていていたのでは、と思う。

この当時、病気は早期発見が一番重要だと、30歳を過ぎたら年に1回の、ほぼまる1日かかる、かなり綿密な健康診断を会社が推奨していた。1年ほど前に受けた検査では、病気ではないけれども注意すべき点がいくつかあって、病気にはなっていなくても、はっきり健康とは言えない、というような指摘をされた。それと同じ検査が、この疲れの問答をした日のすぐ後にあって、その結果は医師が舌を巻いた。「君は今のところ心配することが全然ないよ。その健康状態を維持することだね」。その後、新しい検査方法を知ると、知り合いと一緒に行って、ついでに調べてもらい、毎回医師から「心配ない」の言葉をもらった。

他にも、私の健康を証明する例はたくさんある。 父のこともあり、自分は生まれつき不健康だと思っていた。実際に小さいころから病弱だった。それが、女性との問答で浮かんだ、「病気は自分が作っているのでは」という、これといった根拠があるとは思えない、ひらめきのような気づきだけで、私はすっかり健康になったのだ。ガンのような重い病気を患うのでは、という不安も消えた。健康だという意識は精神的にだけでなく、肉体に、そしてその検査結果にもはっきりと現れた。


 

 

志あるリー ダーのための「寺子屋」塾トップページへ