2013.12.23    

第8章 病気の創世記

30年ほど前、エイズ(Acquired Immuno-Deficiency Syndrome、後天性免疫不全症候群)という病気が欧米で急速に広まっていると大々的に報道された。人との接触、特に性的な接触で感染し、これにかかると免疫が働かなくなって死に至る恐ろしい病気、と言われていた。そのころ、初めてアメリカを訪れた私は、現地の人に近づくことさえ何となく怖かった。

そして、メディアで連日のように大きく扱われてから、エイズは世界的に、急速に広まった。しばらくするうちに、日本でもかかる人がどんどん増えた。

エイズはHIV(Human Immunodeficiency Virus、人免疫不全ウイルス)が人間の免疫を破壊し、免疫の防御網を無能にする、とされている病気だ。そのため、体内に侵入した有害な菌に対抗したり、ガン化した細胞を退治する免疫が働かなくなるため、多くの人が死に至る、と言われている。ところが、体の生命線とも言える免疫システムを破壊するほどの威力のあるHIVは、意外なことに、繁殖力も感染力も弱い。

HIVは、ある程度まとまった量のウイルスが人の血管に近い粘膜か、血管を流れる血液に直接到達しないと感染しない。つまり、ある程度の量のHIVを含む精液が血管に近い粘膜に達するか、HIVを含む唾などの体液が血管まで達する深い傷に入るか、献血や、同じ注射針で麻薬を打ち合うなどによってHIV入りの血液が直接血管内に侵入するか、あるいは母から母体内の胎児に移るか、などがこのウイルスの主な感染経路だ。他の伝染病のような空気感染、咳などによる感染、肌が触れ合うことによる感染はまずない。

ウイルスは寿命がごく短いから、存続するためには次々と子孫を生まなければならない。これが繁殖だが、HIVは人間の血液以外の環境では繁殖力が非常に弱いが、人間の血液中に入ると、いきなり勢いよく繁殖する、ということだ。

HIVが血液中に入ってくると、免疫システムは早速、CD4陽性T細胞という免疫細胞を生産し、HIVに対抗する。これがインフルエンザにかかったときと似たような症状となって体に現れる。通常は2週間から4週間でT細胞が優勢となり、HIVは激減する。そして、それからだいたい5年から10年、長いと20年間は、HIVが繁殖して増えるのに見合うだけのCD4陽性T細胞がつくられ、小康状態が保たれる。表面的には何事も起きていないかに見える。これがHIVの潜伏期間と言われているものだ。

そして、そのうち次第にCD4陽性T細胞の生産が減ってくる。こうなると次第にHIVが優勢となり、潜伏期間は終わりとなる。これがエイズの始まりだ。HIVが完全に免疫を制圧すると、体の免疫力が急速に衰えて、結核など他の病気にかかりやすくなる。

インフルエンザなどのウイルスは、血液だけでなく、体中のいろいろなところで繁殖する。咳で空気中に放り出されても、それによって他の人に到達し、感染する。繁殖力も感染力も強い。感染すると、早速免疫システムとの激闘が始まる。免疫システムは最初、ウイルスを咳や鼻水で追い出そうとする。それでもだめな場合は、熱で撃退しようとする。そうしているうちに、やはり免疫細胞を生産し、ウイルスを撃退する。次第に免疫細胞が優勢となり、最後はウイルス群を壊滅する。

HIVに感染した後に、CD4陽性T細胞が優勢となったとき、インフルエンザのときのようにウイルスを全滅させればいいのに、なぜそうしないのだろうか。いったんはHIVは激減する。このときこそ、全滅させるいいチャンスだ。全滅させておけば、免疫システムが壊滅させられる、という最悪の状況を招かなくてもいいはずだ。また、10年も20年もたってから、いきなりHIVが優勢となって、免疫が働かなくなるというのは、何かきっかけでもあるのだろうか。

こう見てくると、もしかしたら体の合図で、死の兆候か何かを出すのに応じて、つまり体の要求に応えてHIVが優勢になるのでは、と考えてしまう誘惑にどうしてもかられる。それが死の合図だったら、体の死のプロセスを後押しするため、免疫の活動を止める、あるいは止めるのを手伝うのがHIVの役割かもしれない、と言ってしまいたくなる。HIVによって免疫システムが破壊され、有害な菌やガン細胞に対する抵抗力を失なったために死に至る、というのではなく、むしろ逆で、体が死に向かったため、それに呼応してこれらの現象が引き起こされる、ということだ。

これまでにエイズの研究が急速に進み、多剤併用療法(<補足8-1>)を継続し続ければ、完治するのは無理にしても、一応寿命は全うできるようになった、つまりエイズで死ぬことはなくなった、と医学•薬学会では見ている。しかし、この療法にはかなりお金がかかり、先進国では受けられる人が多いが、アフリカの貧しい人たちはまだまだで、いまだにエイズは死の病、とされている。

エイズは、100年ほど前に西アフリカで、モンキーが持っていたSIV(Simian Immunodeficiency Virus、サル免疫不全ウイルス)というウイルスが人間に感染したときにHIVに変異して始まった、という説が有力だ。欧米で初めてエイズ患者として特定されたのは、アメリカのロサンゼルスに住んでいた男性で、これが1981年。ただ実は1950年ころから、欧米でもエイズにかかった人はいたのに特定されなかっただけではないか、とも言われている。

その後、メディアで盛んに報道されるとともに、瞬く間に全世界に広がり、10年後の1991年には患者数は400万人と膨れ上がった。

ここでもやはり不思議なのは、なぜ大々的に報道が始まってから、こんなに広がるのだろう、ということだ。私が初めてアメリカに行った時(1983年)、現地のアメリカ人と接触するのさえ、何となく怖かった。同性愛者を中心に広まり、性的な接触が主な感染経路ではないか、と言われていても、人と握手するのさえ躊躇していたくらいだ。これだけ騒がれて、さらに死の病と言われていたら、普通は誰でも気をつけるはずだ。1981年に報道される前の方が、みんな無防備だから、よほど大々的に感染しそうなものだ。

では、体が死に向かったため、体の解体を助ける菌やウイルスが呼び出される、あるいは体の活動を止めるのを手伝うガン細胞の増殖が促される、という立場で、エイズという現象を考えてみよう。まず、死ぬ時が来たわけだから、HIVなどのウイルスや菌が招かれて、精力的に活動するのは自然で当たり前の現象だ。

ところが普通は、病気が死の原因で、その病気を引き起こすのは菌やウイルス、あるいはガン細胞だ、と考えられている。だからHIVが発見されると、それが免疫を破壊したために、抵抗力を失った体に無制限にばい菌が侵入したから死に至った、という結論が出された。そしてこれに、エイズという病名が付けられた。

死というプロセスの手助けをしていただけなのに、それが病気だということになってしまった。病気という言葉には、体がおかしくなった、または体が、あるいは体の一部が正常ではなくなった、という意味が込められているだろう。風邪の症状でさえそうだ。咳が出て頭痛がして熱が出たら、これはまずい、風邪のウイルスにやられた、薬を飲まなくては、と普通は誰でも思うはずだ。よしよし、体は正常に反応している、自分の体は健康そのものだ、だから安心して体に任せておこう、と思う人はまずいないだろう。

エイズでも、ガンでも、かつての結核でも、死のプロセスをせっせと手伝っている間に発見されたばかりに、死の病というレッテルまで貼られてしまった。これらの病名を医師に告げられたら、まさに死を宣告されたようなものだ。HIVが体に滞在していると知っただけでも、ある程度は死を覚悟するだろう。

その恐ろしい伝染病が、ついに我々のところにやって来た。西アフリカではやっていたのを、誰かが持って来てしまったらしい。これにかかったら命はまず助からない。どうも、性的な接触で伝染するようだ。男性の同性愛者に患者が多いらしい。同じ注射針で麻薬を回し打ちしたりしても伝染するようだ。

「こうしたら病気になりはしないだろうかというような、本来”病気”が存在するということをあらかじめ信じておいて 、それを避ける方法ばかりを考えている人間の発想の波動の中に住むから病気になるのであります」と 谷口雅春が指摘するように、病気にかかるのではという不安、心配がその病気の素地になるとしたら、エイズの場合は、エイズにかかるのではという発想がHIVを呼ぶのだろうか。もし、量子力学が探求したように、観測できるすべての現象は波動であり、エイズにかかるのでは、という不安が波動となって伝わるとしたら、その波動が、エイズの張本人であるとされているHIVを呼ぶのだろうか。

ともかく、体に斑点ができて、固いしこりができて、つまり普通ではない状態が起こって、そして体が衰退していくように見え、しかもその多くの人が死んだら、誰もが体に異常が起こったと思うだろう。体は全く正常で、起きたことに的確に対応していたとしても、体は病んでいる、と判断してしまうだろう。これは病気だ、ということになる。さらに、同じような症状を起こす人が他にも現れたら、もうこれは特殊な病気に違いない。こうして、その特殊な症状に応じた病名がつけられる。

その特殊な症状に、特定の菌が介在していることが発見されると、これこそがその病気の張本人だ、と断定される。この菌こそが病気を起こし、ついにその人を死に追いやったのだ。あるいはこの腫瘍のために、腫瘍が膨らみすぎたからこそ、この人は亡くなったのだ。

いずれにせよ、自然に起こっている現象を、というより必要で起こっているかもしれない、むしろ体が求めているために起こっているかもしれない現象を、病気だと判断して、病名までつけた。体は全然おかしくないのに、何か異常が起こっていると思ってしまった。この思い違いかもしれない病気が、その存在が知れわたると、今度はそれにかかるのでは、という不安、心配が多くの人々に生じる。それがその病気にかかる素地になる。ある種の思い違いが、存在するものとして広まり、みんながそれにかかってしまう。それが病気の正体だ、と谷口雅春は言っているようだ。

<補足8-1>英語ではHighly Active Anti-Retroviral Therapy、HAART療法と呼ばれる。

 

 

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