2014.08.25   

第17章―7 ガンの特徴と対策:番外編―豊かさの栄養学 4

個人やスポーツチーム向けに健康コーチをしている私の友人、ジム•オーティオ(James Autio)は、食事や栄養素、運動が、健康や長生きにどう影響するかをいろいろな角度から実験、または調査した1000近くもの論文や文献をかき集め、それをもとに14年前、500ページ以上にもわたる分厚い本を書きました。1990年ころから、食事の中に占めるタンパク質や脂肪、糖分の比率を様々に変えて、発ガン物質を大量に与えてガンにしたネズミが、どれだけの期間生きるかといった、様々な動物実験が盛んになっています(ネズミの実験が圧倒的に多いのですが、ネズミは雑食で人間の食事に近いからというのが大きな理由だそうです)。また、人間に実験するわけにいきませんので、何を食べているかによって栄養素の比率を分析し、それによってどんな病気にかかるか、どれだけ長生きしたかを調べた人間の調査論文も多く発表されているようです。

ジムが書いたこの本、「The Digital Mantrap(ディジタル時代の罠)」によると、脂肪とタンパク質の食事に占める割合(カロリーに換算した比率)が高いほど病気にかかりやすく、早死にする傾向があることはあるのですが、脂肪とタンパク質の比率を多少変えても、それほどの違いは出ません。ところが、脂肪とタンパク質、特にタンパク質の比率を20%弱くらいにまで極端に減らすと、この低タンパク食のネズミは、高タンパク食のネズミに比べて大幅に長生きするようになり、それどころか、ガン腫瘍が縮小したり、治ってしまうネズミもいる、といった劇的な効果を発揮します。このことは人間の食事から割り出したデータにも示唆されていました。脂肪とタンパク質の比率がかなり低い人は病気にかかりにくいし、長生きする、というわけです。

アメリカ人の大多数は、脂肪も糖分も、タンパク質も過剰摂取で、このうち特に、脂肪と糖分を減らすと健康にいい、とは誰も考えるのですが、タンパク質をこんなに減らすのがこれだけ長生きに結びつくというのは、ジムにも驚きどころか、ショックだったそうです。スポーツ選手やボディービルダーは筋肉をつけるために、タンパク質の粉をサプリメントとして補給するのが当たり前で、ジムもコーチをしている相手に当然のようにタンパク質のサプリメントを薦めていました(今はもちろん、誰にもタンパク質の補給は推奨していません)。しかし、どのような食事をしたら、これだけ低い脂肪とタンパク質の比率を実現できるか。現実的な答えは、野菜とくだものを主食にすることしか考えられません。

肉は、タンパク質も脂肪の比率も高いので問題外です。穀類も豆も、タンパク質がけっこう多く含まれています。脂肪もタンパク質も比率が非常に低いのは、野菜とくだものしかありません。ですから、この低脂肪、低タンパク食を実現するには、野菜とくだものが圧倒的に中心で、あとは少しの穀類と、極わずかの肉類で食事を組み立てるしかありません。

実は、第2次世界大戦前までの日本の庶民の食事は、相当な低脂肪、低タンパクだったようです。おそらく、ご飯が中心で、おかずは漬け物などの野菜が圧倒的に多く、すき焼きとかてんぷら、寿司なんていうのは、ごくたまに食べれるごちそうだったわけですよね。そのころは、ガンなどのいわゆる生活習慣病にかかる人なんて、そんなにいませんでした。肥満や生活習慣病が急増し、医療費が高騰したアメリカで、ジョージ•マクガバン(George Stanley McGovern)上院議員が中心となって全世界の食習慣を調べ、1977年に米国上院特別議会に提出された「マクガバン•レポート」は、日本の食事、特に江戸時代の食事が理想である、と褒(ほ)めちぎっています。

ジムがかき集めた1000近くの論文や文献の中には、人間に体の構造が近い猿の食事に関する調査もあります。それによると、ゴリラやオランウータンなど体の大きいのは完全菜食(主食はバナナ、皮をむかないで皮ごと食べる)、腸の長さなど内蔵の構成が比較的人間に近いのも、かなり完全菜食に近いそうです。また、化石などのデータから、歴史に記録されない前史時代の人類の食べ物を類推した研究もあり、そのころ人類は主に自然に菜っている葉や花、木の実などを採取して食べていた、と推測されています。

つまり、野菜やくだもの、ナッツ類が自然に豊かに実っていて、食べ物の不足が全くないエデンの園にいた時代は、こうしたものばかりを食べていたのが、禁断の知恵の木の実を食べたおかげで道具を編み出して動物を狩り、穀類などを栽培し、火を使うようになって料理を始めたために(あるいは氷河期などが来て食料不足となり、生存のためにこれらの知恵が芽生えたために)、肉や穀類を食べるようになった。狩りをして肉を食べるようになったのは数万年前、麦や米など穀類を栽培して常食するようになったのは、集団で定住して農業を始めた数千年前で、それまでの何千万年、何億年という圧倒的に長い期間は、自然に実っている野菜やくだものばかりを食べていた。だから人間が本来食べるものは、野菜とくだものではないか、というのがこの本でのジムの主張です。

健康おたくの私は、この本を読んで以来、食事に占める野菜の割合がそもそも高かったのが、さらに上昇しました。でも個人的には、穀類は決して悪くないと思っています。前回で書いたように、米や麦など穀類には、エネルギー源の糖分と、それを細胞内のミトコンドリアでエネルギーに変換するために必要なビタミンB群やミネラルのマグネシウム、さらにタンパク質、食物繊維などの栄養素がセットになっています。少なくとも栄養学的に見れば、ほぼ完璧な総合栄養食品です。

人類の祖先であるイブが禁断の木の実を食べて獲得したのは、浅はかな、むしろ、ないくらいの方がよかった浅知恵がほとんどかもしれませんが、穀類を調理して食べられるようにしたのは悪くなかった、むしろ人類を救ったのではないか、とさえ私は思っています。ただ浅はかなのは、この穀類を精製(脱穀)し、肝心な栄養素をほとんど削ぎ落として、”空のカロリー”に変えてしまうことです。
(番外編はこの辺にして、次回はガンの話題に戻りたいと思います。)

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