2015.10.06    

第18章―8 隠蔽(いんぺい)されたガン治療法の数々 その7

がん細胞を死滅させるために開発したペプチド(アミノ酸の鎖)を実際に試したら、全く想定外の機能を発揮し、しかも当初予想していたよりがん死滅の効果もはるかに大きかった、という非常にうれしい大誤算で誕生した治療法を紹介させていただきます。今回は、遺伝子が大きく関係し、専門的な説明となります。また、遺伝子の実際の働きはとても複雑ですので、ごくごく単純化して書いています。

(6) PNC-27 − がんを死滅させるペプチド

マシュー・ピンカス(Matthew R Pincus)医学博士のグループが人工合成したこのペプチドは、細胞のがん化を食い止めるよう働くP53タンパク質を保護するように設計されました。これと似た構造で、似たような機能を発揮するPNC-28も開発されました。

P53タンパク質は私たちの細胞の中で、P53遺伝子の情報をもとに作られます。P53タンパク質や酵素、情報伝達物質のサイトカンなど、体の中で様々な機能を果たすタンパク質はすべて、遺伝子の情報をもとに、何種類もあるアミノ酸を組み立てて作られます。細胞が遺伝子情報をもとにタンパク質を作ることを、「遺伝子発現」と呼んでいます。

がんと関係する遺伝子には、通常細胞のがん化を引き起こす要因となるもの(がん遺伝子、Oncogene)と、その反対にがんの発生を食い止めるもの(がん抑制遺伝子、Tumor Supressor GeneまたはAnti-oncogene)がある、とされています。最も重要ながん抑制遺伝子で、一番知られているのがP53です。

がん遺伝子はいくつも発見されていますが、ほぼ全部が、

(1) もともとそうでなかったのが変異してがん遺伝子になった、
(2) 変異はしていなくとも遺伝子発現に異常がある、つまり遺伝子発現が多すぎるか少なすぎるためにがん化を引き起こす、

の2種類に分けられます。この、変異するとがん遺伝子になる可能性があるか(まだがん遺伝子になっていない)、遺伝子発現に異常があるとがん化を引き起こす可能性がある遺伝子はともに、がん原遺伝子(Proto-oncogene)と呼ばれています。

がん抑制遺伝子のP53から作られたP53タンパク質は、遺伝子が収納されている細胞核にストレスがあると(異常や異変の場合が多い)、細胞分裂の時に細胞核を点検して、異常を修復させるか、修復不能と判断すると、アポトーシス(細胞のプログラム死)という細胞の自滅を起動します。

遺伝子の変異、あるいは遺伝子発現の異常が起きているような細胞核の異常は、まず修復不能でしょうから、こうした原因で細胞ががん化する可能性がある(またはすでにがん化している)場合、P53タンパク質がまともに機能していれば、アポトーシスが起動され、その細胞は細胞分裂をする前に自滅するはずです。ですから、P53はがんの発生防止、またはがんの増殖防止の要であり、遺伝子と遺伝子情報の守護神(The Guardian of the Genome)と呼ばれています。

この守護神の働きを阻害する遺伝子があり、その代表がHdm2(もともとの名前はMdm2、Mouse double minute 2 homolog)です。この遺伝子発現によって作られたHdm2タンパク質は、P53タンパク質に取り着き、その一部を破壊してP53タンパク質を機能不全にしてしまいます。細胞は、P53とHdm2の遺伝子発現の量を増減することによって、P53タンパク質の活動を調整しているわけですが、Hdm2タンパク質が過剰に作られると(遺伝子発現の異常)、P53タンパク質の働きは大きく(あるいは完全に)抑制され、いざというときにアポトーシスが働きません。過剰生産されると、がん化を食い止める機能を邪魔するため、Hdm2はがん原遺伝子に分類されています。

ここに目を着けたマシュー・ピンカス医学博士のグループは、Hdm2タンパク質が取り着く場所であるP53タンパク質の末端に似せた構造を持つペプチドを合成しました。しかも、P53タンパク質の末端よりも、Hdm2タンパク質が取り着きやすいようにできているようです。つまり、Hdm2タンパク質は、P53タンパク質に取り着く前に、もっと取り着きやすいPNC-27に取り着いてしまうわけです。

こうして、Hdm2タンパク質がP53タンパク質に取り着くのを防ぎ、P53タンパク質のアポトーシス指令機能を保護することで、がん化した、あるいはがん化する可能性のある細胞を自滅に追い込むのがピンカス博士の狙いでした。

そして、試験官の中に採取したがん細胞にPNC-27を投与すると、がん細胞は次々と死滅していきました。それに対し、通常細胞には全く危害を加えず、安全であることが確認されました。

実験は大成功、とピンカス博士のグループは大喜びだったのですが、どうも様子が違うのに気がつきました。よく調べると、がんの死滅の仕方が、壊死(Necrosis、細胞内外の環境の悪化や、細胞膜の破綻などによって起こる細胞死)であり、狙っていたアポトーシス(細胞に最初から組み込まれている自滅機能)でないことが分かりました。

さらに研究した結果、壊死した原因は、細胞膜に非常に小さな穴がいくつも空いていたことだと判明しました。この穴は、Hdm2タンパク質と合体したPNC-27が連なって螺旋状の構造物が形成され、その螺旋の中の空洞であることが分かりました。いくら小さな穴とは言え、その数が多いと、細胞に必要な物質が外に漏れ、不要な物質が勝手に中に入ってくるなどによって細胞の正常な機能が果たせなくなり(細胞の恒常性が維持できなくなり)、細胞にとっては致命的です。

何でこんなことが起こったのか。がん細胞は細胞膜の中でHdm2タンパク質をたくさん作るのに、通常細胞の細胞膜ではほとんど作られません。がん細胞は、発生した場所以外のところに転移しようとするとき、まず、細胞間の接着をゆるめ、ひとつひとつのがん細胞が遊離して血管の中に入って行けるようになる必要があります。細胞と細胞を接着させているのがE−カドヘリン(Cadherin)というタンパク質で、Hdm2タンパク質はこのE−カドヘリンにも取り付いて、その接着機能を阻害してしまうようです。

だとすれば、E−カドヘリンは細胞膜に配置されていますから、がん細胞は、転移しようとすればするほど細胞膜でたくさんのHdm2タンパク質を作る、と考えられます。そのため、PNC-27を投入すると、がんの細胞膜の中に作られたHdm2タンパク質と合体して螺旋を作り、それが小さな穴となって細胞膜が破綻する、というのが、PNC-27によってがんが壊死する仕組みではないか、と考えられています。

がん細胞のアポトーシスを促すというピンカス博士グループの最初の構想では、がん細胞の中に、まだ機能が阻害されていない(アポトーシスの指令を出せる)P53タンパク質が多少でも残っていないと、PNC-27は効果を発揮しないと考えられていました。P53タンパク質がHdm2タンパク質に完全に制圧されてしまっていたら、いくらPNC-27を投入しても手遅れです。ですから、PNC-27は正常なP53タンパク質が残っているがん細胞は死滅させることができるが、正常なP53タンパク質が残っていないがん細胞には効果が出ない、という限定的なものだと予想されていました。

ところが実際起こったのは、がんの細胞膜にたくさんの穴が開いてがんが死滅する、という現象であり、正常なP53タンパク質が残っているかには関係ありませんでした。しかも、がんの転移する意欲が強ければ強いほど、高い効果を発揮する、という予想以上の効果も期待できそうです。がんはほかの場所に転移するのが最大のやっかいな問題で、発生した場所から動かなければ、致命的な問題にはあまりなりません。

さらに、通常細胞では膜に穴が開くというこの現象はまず起こりません。ですから、PNC-27は通常細胞には危害を加えず(そのために抗がん剤のような強い副作用がなく)、がん細胞だけ、特に転移性があり悪質ながんを死滅させる治療法、ということになります。

この治療法を早速採り入れたメキシコ・ティワナのホープ・フォー・キャンサー・クリニック(Hope 4 Cancer Institute)では現在、40人の患者さん(第3期または末期のがん)を対象に、PNC-27を試験投与しているそうです。まだ始めたばかりですが、今のところ結果は良好だ、と院長のトニー先生(Antonio Jimenez医学博士)は話していました(これは9月始めのことで、そろそろ一ヶ月ほどたつので、経過を尋ねてみたいと思っています)。これ以外にも、いくつかのところで臨床試験をしているようです。

PNC-27は人工合成したペプチドで、薬品に近いですから、様々ながん治療法を抹殺してきた抗がん剤ビジネスの守護神、FDA(米国食品薬品局)が今回は、素直に効果を認めて正式に認可するのを願うばかりです。

私は医学の専門家ではありませんし、遺伝子も全くの専門外です。ですから、いろいろな文献を読みあさり、自分なりに解釈して書いています(インターネットで検索すると、たくさんの専門的な文献にアクセスできます)。しかも、がんの大元の原因は遺伝子ではなく、遺伝子の変異などは原因というより、むしろ結果に近いのでは(または媒体のようなもの)、と考えています。

ただ読んでいただくと、遺伝子が細胞のがん化の原因であるような書き方をしているではないか、という印象を持たれるかもしれません。それは、遺伝子は媒体ではないか、というような自分の考えを混ぜると、それでなくともややっこしい文章が、一層理解しにくくなるため、文献の情報をなるべく素直にまとめて書いているからです。

ともかく、専門外の人間が勝手な解釈で書いていますので、見当違い、間違い、不明点などを指摘していただくと、とても助かります。よろしくお願いいたします。
(次回に続く)

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