2006/10/23  

第4話:「不安定だから強い」

前回の話で、バランストレーニングをすることで、身体の軸を探すという話題をもとに、私たちが人生という不安定な環境で、精神を研ぎ澄まして行く様と共通点があるように思うと書きました。スポーツに起こることは人生にも起こるのです。スポーツを通して私なりのセンスで人生を観ていこうと思います。

 

人生にも筋書きがないように、スポーツにも同じことが言えます。今回は、その中でも筋書きが特に見えてはいけない体術(武術)につっこんだ話です。

 

<目の動向>

 

あるお客様にペアストレッチ(マンツーマンでのストレッチ)をしていた時のことです。そのお客様は70歳を超えてなお、背筋をしゃんと伸ばして、週に4日はスポーツクラブに来られる、現代人のお手本のような人です。

その人とストレッチをしていると、決まっておとぎばなしや、中国語のこと、好きな書籍の話をしてくださいます。

 

そこで、こんな興味深い話を聞きました。

「知ってるかい?動物の目には(皆ではないが)白目がないんだよ。あるのは黒目だけ」

「え?そうなんですか?・・・でもどうして・・」

「白目があると何処を見ているか分かってしまうだろ?敵に襲われてしまうんだ」

「うーん・・なるほど。逃げる方向が分かってしまうからですね・・!」

 

私はこの話を聞いたとき、ある本の一文を思い出しました。

「倒れ掛かる、沈むといった不安定な状況は、別の面からみるとそのことによって力まずに、容易にエネルギーを放出しやすい状況でもあり、この動きはまた「気配が出てはいけない」という武術にとって重要な役割を満たしている」

よく剣道や柔道で一本とられる時、「あっという間」だったといいます。突きや蹴り、投げなどの体術は「気配」を感じさせない、どこにも安定していない状態でいなければ、敵と対峙したとき、相手に次の動きを見破られてしまうでしょう。ただ、身体の芯部には、力が入っており、それが前回話した「腹部の丹田意識(下腹に意識がこもる状態、バランス感覚の核となる)」なのです。

 気配が出てない身体とは芯部には秘めた意識があり安定しています。それとは裏腹に外見はエネルギーが放出された状態で不安定です。その部分は意識に支配されていないのです。

 

<不安定の使いこなし>

 

 ある本とは甲野善紀さんの著書「表の体育 裏の体育」で、さらにこうも書いてあります。

「しっかりと安定した体という言葉はイメージだけが先行しやすく、不安定をおそれ、安定にこだわると「居つく」という武術にとっては致命的な変化のきかない体になりやすい」とあります。これは何も、武術だけに限ったことではありません。

 

 一流のアスリート、マイケルジョーダンや、ロナウジーニョは激しいディフェンスに合いながらも高い確率でゴールを決めます。彼らは敵を前にして、居つくヒマなく見えない「読み」を繰り返し、「読まれ」ないようかわすのです。ところが、一流レベルになると、研究しつくされ、もはや読みを超越した状態にいかなければ、つまり「エネルギーが放出された状態」にいかなければ、相手を惑わせ、ディフェンスの壁を破ることはできないのです。彼らはまさに「不安定の使いこなし」をしているともいえます。

 

 スポーツの世界では勝敗があって、敵やターゲットが存在します。皆、目指すところは自分やチームの能力を駆使してそれらを倒し、栄冠を勝ち取ることです。食物連鎖の動物の世界では食うか食われるかがあり、生き残るために相手に気配を感じさせない能力が必要です。

 

ビジネスの世界でも、競合他社にいかに差をつけるかがポイントだといわれています。相手の動向を読んで、自分が動くタイミングというのは非常に重要で、それはスポーツもビジネスも一緒だと思います。そしてさらに大きな舞台である人生においてはどうでしょうか?「勝ち組、負け組」などという言葉がありましたが、自分自身の人生、勝ち負けなど存在するのでしょうか?敵がいるとしたら、それは何でしょうか。

 

「葛藤」という言葉があります。弱い自分、ダメな自分、自分自身の中の色んな思いが、まさに戦っている状態です。なぜ、戦うのでしょう?私は一つの答えを生み出すためだと思います。人生において葛藤とは、「生み出すための試合」なのかもしれません。その答えが、その人らしさをつくっていくといえるでしょう。なぜ自分の中で色んな思いと戦うのかといえば、より個性を磨くため、といえるでしょうし、より自分らしさを取り戻すためと表現できるかもしれません。人生において、自分の中の敵と対峙することが葛藤であるなら、不安定を使いこなすということは、その人らしく生きこなすことと言えるような気がするのです。

 

<いざという時>

 

動物の白目の話をしてくれた人は、ご自身で会社を経営し、今はご子息が社長を務め、会社の精神的サポート役として勤務されているようです。第一線でずっと事業を成し遂げてきた人生には、「居つく」ことはなかったのかも知れません。ペアストレッチをしながら、いつも口癖のようにこうおっしゃいます。

 

「いつも自分の判断が頼りだった。最終的には勘だった」。この「勘」は不安定を使いこなしている状態のような気がしたので、さらにつっこんで、「勘ってどんな意味ですか?」と聞くと、「う〜ん・・・そうだね・・・。自分らしい予想ってことじゃない?」とおっしゃいました。

 「いつも息子に言ってるんだ。『男は逃げない、うそつかない、あきらめない。本当に困った時は、自分らしく行動しろ』ってね」

 

自分らしい予想、自分らしい行動はまさに武術でいう、丹田意識であり、動物の黒目であり、人生においてはゆるぎない志であると思うのです。そして、自分を信じて自分らしさを積み上げた人が「オンリーワン」になれる人なのでしょう。

 

丹田を意識するように、志を意識してみてください。

外見はエネルギーが放出されたのとは裏腹に身体の芯部には秘めた安定があるのです。それが「身体の不安定の使いこなし」。いい自分、イヤな自分に対しての執着を放出しながらもココロの奥底にはゆるぎない志を燃やしている。それが「ココロの不安定の使いこなし」。

 

ちょっと話が抽象的になってしまったかもしれません。こんな不安定なまま今回は、終わりたいと思います。

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