2006/11/13   
2006/11/27修正  

第5話「超回復」

トレーニングする人がビジネスのハードな場面に遭遇したとき、自分の最大の力を出すトレーニングのように、誠心誠意、想いを尽くすということがイコールになるのかなと考えさせられることがありました。

私ともう3年も一緒にトレーニングをしているAさんの話です。

 

トレーニングする時、ダンベルやバーベルを持って10回を3セットとか、15kgの負荷を設定したマシンで15回を4セットで、最後の1セットはゆっくりとか、回数や重さ、時間の長さで強度を設定してゆきます。この刺激の変え方がその人のレベルに合った、またはレベルより少し上を設定することで身体に変化が訪れるのです。Aさんの場合、毎回しっかりトレーニングされるので今はもう、アスリート並みの運動レベルまでになっています。Aさんのトレーニングの姿勢はすさまじく、まるで、自分の中の別の何かに対しての戒めをしているようにも観えるのです。

 

トレーニングが終わって雑談中、Aさんはよく会社の話をします。Aさんは大手企業の営業部長なのです。

「俺の下で働いてくれてるヤツらは、みんなすごく頑張っているんだ。営業の仕事は成果が出るまで、目に見えないんだよ。トレーニングと違って今自分がどのくらいの強度で仕事をしていて、あと何回やったら自分の最大限までやってこんな結果が出るなんて、まるで分からないんだ。感覚でつかめたとしても、絶対ではないし、新人にはそんな感覚すら鋭くない。いつも不安で心細いんだ」

 

「なるほど、大変なんですね。それに比べて体は努力した分、変化がみられるからわかりやすいですね。Aさんがいつもトレーニングで追い込んでいるのはそれと関係があるのですか?」

と言うと、

「人それぞれ、経験をつめば、仕事に対する悩みのレベルも変わるでしょう?俺はもう、直接営業マンと話す機会はあまりなくて、数字とにらめっこばかりなんだ。でも、皆それぞれの立場で最大の努力をしているんだ。それをしっかり認めてあげるのが俺の役目だと思っているんだ」

そういって、オツカレサマとお帰りになりました。

私はAさんのセリフから、ある単語が浮かんできました。

 

 

<超回復>

 

トレーニングの世界には「超回復」という変わった言葉があります。

トレーニングすることによって、人間の身体は一時的に筋肉細胞などの破壊が行われ、機能が低下します。筋肉痛になるのがその現象です。2〜3日すると回復しますが、回復するとき、前の筋力レベルより強く再生されます。そこで前回より少し強い負荷をかけるのです。そうすると再生時に更に強くなります。そうしてトレーニングの刺激を少しずつ上げると、身体は次第に変化してゆくのです。一度壊れた筋肉が再生時により強固になることを「超回復」と呼んでいます。

 

Aさんが、「それぞれの立場で最大の努力をしている」とおっしゃっていたのを思い出し、ココロの超回復について考えてみました。

 人は困難があると自分の最大限の力を出して何とかそれを乗り越えようとします。その行為は楽しいものではありませんが、その時出したパワーというのは、その後の自分の大きな財産となって自分をレベルアップさせてくれます。人と関わり、信頼を得て、いつ成果に繋がるか分からない不安と締め切りの狭間で自分の力を出す営業職などは、経験の浅い新社会人にとっては「自分レベルより上の負荷」であろうと思います。同じように部長クラスのAさんにとっては想像もつかないレベルの負荷があるのでしょう。

 

仕事も精神も進化してやまないイチローのセリフを集めた本「イチロー思考」(児玉光雄さん著)にはこんな文があります。

「僕はいつも一生懸命プレイしようとしているけど、今日は結果が出ませんでした。でも、そのことを悔やんでもいないし、恥ずかしいとも思っていません。なぜなら全力をつくしたからです」

 

もしかしたら結果を出すことより、全力を尽くすことの方が難しいときもあると思います。イチローが自信を持って「全力を尽くした」というのは「自分の持っているものを全部出した」ということで、それ以上何も出来なかった、というところまで自分を追い込んだということです。それに対する成績はその時によって違うでしょうが、比較しているのが過去の自分に対して、という場合、言い訳はできないでしょうし、はっきり自分の能力が進化しているのかいないのか自分はもとより、イチローを知っている人すべてに証明されるのです。

 

仕事で「全力をつくしたから」といって結果がでなくてもいいというわけではありませんが、少なくともココロは超回復のサイクルに入っているとはいえます。全力を尽くしたということはその人の最大限までやったということです。

人生を動かす大きな問題にぶつかったとき、その時出来る自分の最良の精神で全身全霊で臨んだら、あなたにココロの超回復が起こります。それを繰り返したら、過去に悩んでいた問題をサラリと解決し、もっと違う質の問題に直面して、進化し続ける自分になれると思うのです。新たな問題が見えるようになったと表現できるのかもしれません。

 

超回復は、体だけではなく、精神にもさらには仕事にも当てはまるものように思います。

 

Aさんが自分の身体をあんなに追い込んでいたのは、身体に「自分のMAX」を覚えさせておくことで「ココロのMAX」の感度を鈍らせないためだったのかも知れません。身体はしっかり追い込めば変化して、自分で実感することができます。でもココロはMAXまで全力を尽くしてもそれを確認することは出来ません。

 

愛する営業部の皆のそんな想いをよく理解しているAさんは、全力をつくしているスタッフ一人ひとりに声をかけることで、スタッフがココロのMAXを確認する糧となっているのかも知れません。この先どうなるか見えない不安の中で頑張り続ける人間に「よくやってるね」でも「いつも熱心だな」でもかけてくれる一言は「あぁ、自分は本当に全力でやっている」と確認できるきっかけになっているように思います。また、責任が重くなれば、Aさんの言動によって会社が大きく左右されるような場面もあるでしょう。Aさん自身が新社会人のように不安で心細い気持ちになる時、自分の決断は誠心誠意、全力を尽くした、全身全霊で行ったと実感できる心境でいられるためにもAさんは身体もココロも鮮度を保っていたいのだと思います。

 

人間の肉体はいつか衰え、弱ってしまうものです。でも超回復を繰り返して、なるべく永く大切に扱うことで、ココロにも健全な効果を与えると思うのです。そして、精神の超回復は人生の最後まで、進化し続けるものだと思います。気持ちがしっかりしていれば、言動はみずみずしく、肉体にも良い活力を与えてくれるでしょう。

 

 

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