2006/10/30   

第5話 「能はどうだった?」

私の手元には、全国からたくさんの感想文が送ってこられます。

 送ってきた感想文は、その日出演した能楽師の人たちにも読んでもらっています。

 私自身は、舞台でしゃべったり、質問をうけたり、終わった後に声をかけてもらい、どういう風に観客が感じているかわかるのですが、舞台の上で能を演じている人はなかなか分らないので、自分たちがやっていることがどんな風に子供たちに受け止められているか、フィードバックしたいと思っているのです。

 シテ方やお囃子の方たちも、子供たちの感想文を熱心に読んでられますし、囃子の音についてかかれた文章を読まれると、とてもうれしそうにされます。

 ビフォー、アフターではないですが、能を見る前、見た後、どんな風に変わったか。

 感想文を紹介しますね。

 

 「生まれて初めて能を見て、とても感動しました。さらにすごい迫力でとても驚きました。こんなに美しいものを見ることが出来、自分は幸せだと思うと共に、私たちに素晴らしい芸術に触れさせて下さったことに感謝したいです。今回、能に興味を持ち、能の持つ美しい世界の奥深いところまで知りたいと思いました。」

 

 「今もあの笛の音色、小鼓の包み込むような音、大鼓の心を貫くようなカーンという高い音が耳に残っています。能は何を言っているのか、何を表現しているのか頭で考えるものではないと思いました。声だけではなく、動きや音楽、雰囲気などすべてを眼で見て心に感動を響かせて楽しむこと、これが本当の能の鑑賞ではないかと思いました。」

 

 「能をしていた人の年を聞いてびっくりした。そんな若い人でも日本の文化をより広い世界に伝えていくという姿勢がすごいと思いました。やはり愛国心を持つことは大切なことだし、その自分の国の良さを他の国の人たちに伝えると言うことはとても大切だと思いました。能だけでなく他のことについても愛国心を持ち、伝統を続けていけるような人になりたいです。」

 

 これは普通の中学生の感想文です。愛国心のことが話題になっていますが、ごく自然にこの子は愛国心という言葉を体感していると思います。自分の国の文化に触れるということが、心の中の何かを触発したと言ってもいいと思います。

 

 紹介した感想文は良いものだけを載せていて、面白くなかったと感じている人もいるに違いないと思っている方もあると思います。私自身も疑心暗鬼でしたので、感想文を送るといってくださった学校には、選別せず全員分の感想文をと申し上げていました。きっと「こんなん面白くなかった。二度と見たくない。」という子供たちもたくさんいるのではと思っていたからでした。

 しかし私の期待は見事に裏切られました。能はマクドナルドのハンバーガーではないので、全員そこそこ美味しいということはないし、レトルト食品でもないので、3分でチーンしたら食べられます。というものでもありません。消化吸収するには、なかなか歯ごたえもあり、胃もたれ食あたりする方もというものだと思っていました。

 でも、子供たちはそんな心配をものともせず、まさしく見たまま、感じたままを書いてくれています。皆さんに全部読んでいただけないのが本当に残念です。

 

 小学生で「能を見て知らないことがいっぱいあるなとおもいました。能はすげーとおもいました。」と書いてくれた子がいました。世の中には、知らないことがあるということを知らない子供がたくさんいるのに、嬉しくなってしまいます。インターネットで検索すればどんなことでもたちどころに答えてくれます。まさしく魔法の箱です。でもそれは情報や知識にしか過ぎません。知らない世界を知る喜びを味わってほしいなと思います。

 能はライブです。実際に見て、感じる。そのことが、自分の中の可能性を広げ、人生を豊かにすることに気づいてほしいと願っています。

 

 能イコール素晴らしいというわけではありません。例えですが、ここにバックがあるとします。色も形も皮もいいし、手触りもいい、良く見るとエルメスとある。これが自分で見るということだと思います。しかし悲しいかな私たちはエルメスだからとか、ゼロの数を見てとかで判断していますがそれは誰かの判断なのです。能も伝統芸能だからとか難しそうだからではなく、とにかく自分の目で見てください。そして、判断してください。

 

 「高砂を謡ってくれた人はすごいなと思いました。暗記して、つまらず、表情も変えずに謡ってました。僕はかっこいいな!と思いました。」「高砂やの謡は心に響きました。お父さんやお母さんに謡ってみたら、上手だね。と言ってくれました。能を見たことは一生忘れないようにしたいと思います。」「正座をしていても足のしびれを忘れるくらい楽しかったです。」こられは皆小学生の感想文です。最近小学生の学級崩壊が問題になっていますが、

私は小学生のワークショップが大好きです。オメメをきらきらさせて、スポンジのようにどんどん吸収してくれているのが実感できるからです。

 

 以前、この「能楽おもしろ講座」を終わった後、先生が「僕は自分のクラスの子供たちのこんな面を見たのは初めてです。今日も昼間、お寺等で、しゃべるな。うるさい。を連発していたのです。実はここにくるのがとても心配だったのです。あんな真剣な生徒の姿を見てびっくりもしましたし、ちょっと感激してます。」とお話されました。

 ただ学校格差は程度の差こそあれ確かにあります。ざわざわ落ち着かない学校もあれば、非常にお行儀のいい学校もあります。数年前、どう贔屓目に見てもかなり問題ありの中学生たちが来ました。体育会系の先生がしっかり横に張り付き状態です。最初私が話しを始めると「おばちゃーん」などと合いの手を入れてきたのですが、次第にしゃべらなくなり、「先生って呼んでいいですか?」と手を挙げて言ってくれ終了後「めちゃ面白かったです。握手してください。」と言ってくれとてもうれしかったです。

 

 また毎年来られている東京の美容学校の生徒にはいつも感心させられます。この学校は挨拶が素晴らしいのです。「こんにちは」「ありがとうございました」将来、接客という仕事につくのだからという学校の姿勢が感じられます。お座布団も自然に片づけを手伝ってくれたり、お辞儀の仕方がまた素晴らしいのです。私が頭を上げるまで、お辞儀をしているのです。こんな学校はここだけです。格好はおしゃれに興味関心がある生徒たちなのでめちゃくちゃススンダ格好をしています。

 この学校の修学旅行のしおりを見せてもらったことがあるのですが、旅行に何のために来ているのかという目的がはっきりしており、しっかりした学校の経営理念を感じました。

 

 つい数日前、札幌の高等学校ですが、終了後校長先生が私の「ありがとうございました」の挨拶に生徒がなにも言わなくても自然に皆が正座をして大きな声で挨拶したのがとてもうれしかったです。と顔をほころばせていらっしゃいました。私もうれしかったです。

 

 ざわざわしている落ち着かない感じの学校は、おおむね先生がお客様状態のように思います。生徒の誘導や注意も添乗員まかせ。なにもせず、なにもしゃべらずという学校の先生は生徒も推して知るべしです。

 舞台に上がってきてもらって生徒や先生とワークショップすると愛されてる先生はすぐわかります。コミュニケーション能力の高い先生たちは下見に来られた段階でこの修学旅行をどういう風にしたいかという思いが明確です。先生たちの背後にある学校の雰囲気が伝わってきています。こんな先生たちの学校はとてもやりやすいです。

 

能が始まって、私のこの講座では生徒が話をして困ったということはありません。

 それはもしかしたら私が能を見る前に少しドスを聞かせて「絶対しゃべらんといて!」と言っているからかもしれません。囃し方は今では私のこれでお調べをしています。そしてそのときの声の調子、強さ等で見所の生徒の雰囲気がわかるといってくれています。

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