2008.08.11  

第16話 修学旅行雑感 その2

修学旅行で下見にいらっしゃる先生方には、必ずトイレは出発地でしてきてくださいねとお話します。というのも私共の舞台は客席数350に対しトイレが圧倒的に少ないからです。
 しかし自然現象ですので行きたくなったらどうぞと申し上げています。
 余りに並ぶ生徒が多くやむを得ず楽屋のトイレに案内し、思いがけず楽屋に入れて喜ぶ生徒もいますし、使用後「ありがとうございました」と声をかけられるのはうれしいことです。

修学旅行中には慣れない環境で体調を崩す生徒もいます。
 先日、気分が悪くなりトイレで吐いてしまった生徒がいました。トイレを汚したとのことでしたので、こちらで掃除しますと申し上げたら、先生が「うちの生徒ですので、私が掃除します。」とおっしゃり掃除されたのです。潔いよい感じの男性の先生でした。
 この女の子は先生が掃除している姿をずっと忘れないと思います。

と思えば終了後トイレをのぞいてびっくりした経験も。ドアをあけると便器の蓋が閉まらないくらいのトイレットペーパーのうず高い山。あちこちに点在する汚物と転がったトイレットペーパーの芯。思わずドアを閉めたくなるほどの臭い。
 トイレを流そうにも流せず、このまま詰まったら恐ろしいことになるのは目に見えています。まずは便器のトイレットペーパーを外に出し、つまらないよう少しづつ流し、周りの汚物を始末しましたが、今日来た学校はもしかして幼稚園児?と思えるような出来事。
 おそらく体調を崩していたのでしょうが、トイレットペーパーを2ロールも便器に入れたらどうなるかはわかるはず。幼児が見つからないようやったとしか思えないようなトイレの有様。こんなことは初めてでしたが、子供たちが幼稚化しているのではと思います。
これは何も生活態度に限ったことではありません。

例えば、牛若丸や弁慶を知らない子供が増えています。 教科書に載っていないからというのが理由らしいですが、自然に身につける知識や教養の量が圧倒的に減っているように感じます。
 女子大で教えている方が「そこそこの女子大生でも静御前を知らないんですよねぇ。そのうち義経もということになるんじゃないでしょぅかねぇ。悲しいですね」と話されていました。

今年経験したことです。「能を大成したのは誰?」と聞いたとき「和泉元彌」と答えた生徒がいました。受け狙いでなく本人は真面目に答えていたのです。「えっ、マジ?」という感じでびっくりしましたが、起こるべくして起きた現象なのでしょうか。
 
 しかし反面、終わって座布団を片付けていると一緒に手伝ってくれる生徒もたくさんいます。心遣いといいますが、誰かに「お座布団手伝ってくれる?」と声をかけなくても心を遣って手伝ってくれるのは嬉しいことです。最初の一人が数人になりあっという間に片付けられた座布団。相手の心が動く瞬間を見たとき、こちらの心も動きます。そんな大げさなぁと言われるかも知れませんが愛を感じる瞬間です。
 ほんとに良い子たちだなと思います。「片付けてくれてありがとう。とっても助かるし嬉しいわ」というと言われた生徒も見守っている先生もうれしそうな笑顔になります。
 
 私がこの学校はいいなぁと思う学校があります。7、8年前から毎年修学旅行で利用していただいている東京の美容理容の専門学校です。
 格好は、美容理容の学校なので金髪や茶髪、今流行りのいけてる格好の子がほとんどです。ここの生徒のなにが素晴らしいか。それは挨拶です。
 ここの生徒たちは、舞台に入ってくるときに一人ひとりが私の目を見て大きな声ではっきりと挨拶します。先生方もです。
 終わっても自分の言葉で具体的に感想を言って声をかけてくれます。
 専門学校ですから、職業意識が強いし、接客に携わるからと最初は思っていましたが、あるときこの学校の修学旅行のしおりを見て謎が解けました。
 この旅行はどういう目的で何のためにやるのかということが明確に書かれていたのです。
 またこの学校の理事長の先生がとても素敵な方だったのです。残念なことに今年お亡くなりになったのですが、こちらまで背筋がしゃんとするような凛としたそれでいて人を緊張させない女性でした。
 マナーは何かと問われたとき、私は幸せにくらすための道具だと思っています。
 「こんにちは」「ありがとうございました」の笑顔の一言でドアが開くかもしれないのです。いつでもどこでもむ誰にでも一生使える魔法の道具です。
 数年前、この学校の挨拶について日経新聞に記事が載っていて私は自分の意を強く感じました。
 
 私は、どんな批評家の方の言葉よりお客様の反応が正しいと思っています。拍手はうそをつきません。
シテが幕に入り、囃し方が退場するときも鳴り止まない拍手を聞いているとき、お客様である生徒たちの姿を見なくても、感じている心が波のように伝わってきます。終了後の皆から正座をして手をついての「ありがとうございました」は私の成績評価のような気がします。

                               続く