第22話:イキナリ社長面接
社長と話してないのに就職先は選べない?
二〇〇八年二月七日、東京都のあるイベント会場に私はいた。
イベントの主催者は(株)モノリスジャパン。
同社は、広告戦略支援事業、経営者限定SNS事業、イベント企画運営、職業観育成事業、新卒採用支援事業の五つを核に事業を展開している企業である。
今回のイベントは、同社の代表取締役社長であり「シューカツ(就職活動)」の虎と呼ばれている岩井良明氏のプロデュースによって開催された。
名づけて「イキナリ社長面接」
岩井氏は、伝説の番組「マネーの虎」に教育業界の異端児として出演していたことで知る人も多い。今回のイベントではかつて(株)リクルート時代にナンバー・ワン営業マンだった同氏の経験を生かし、「シューカツの虎」として同氏自らが司会進行と講演を行うことになっていた。
講演のあとには、十社の社長が集まり、採用活動や自社が求める人材像について社長たちが熱く語るバトルトークがある。そして、参加した十社中、一社の社長、つまり私もこのバトルトークに参加させていただいたのである。
さて、岩井氏による「シューカツは学生と企業とのリアルバトルだ」と題した講演が終ると、十社の社長が集まり、朝まで生テレビのような構成でトークをし、それを就職活動中の学生らが見る。そして、最後はオープニングの映像や、バトルトークなどの様子から、興味を持った企業のブースに行き、気に入った社長にいきなり面接に行くという流れである。
集まった企業の社長はみな個性的で面白い方である。
私を含むバトルトークでは、各会社の企業理念、そして社長たちの企業人としての想いが熱く語られた。
まさに社長の素顔を学生たちの前で暴き出すといった感じである。
(前回までのエッセイを見ていたければ弊社の理念、マニュフェスト、CS(顧客満足度)ES(社員満足度)、人材キックオフなど一目瞭然なので省略させていただく。)
その後には多くの学生たちから私が発した「四六時中、仕事に対して問題意識を持ってほしい」という意見と「一番大切なのは愛情」という言葉が大変印象に残ったとの感想をもらった。
「大切なのは愛情」−。これは今、私自身が最も大切に考えていることで、社員を道具としか見ていなかった頃への己に対する叱咤、そして、今は社員を承認することで、自分も承認を得られるという満足感がもたらした言葉ではなかったかと考えている。
私は最初から、経営者になりたいと思って生きてきたわけではない。
はっきりいって社長は大変だ。
社長になってからの私は、あまりにも多くの壁にぶつかってきた。
そして、社長というのは、その壁にぶつかって終ってしまうわけにはいかない立場なのだ。
どんな四面楚歌に陥っても乗り越えなければならない。それは自分のためだけではない。
自分の背中には、社員とその家族、そして顧客がいるのである。
苦境のとき、壁を乗り越え、それらを必死で護りぬくことができるのはまさに「愛情」がなせる技だ。「愛」は最強なのである。
ところで時が進むにつれ、私はこのイベント会場で、少し昂揚した気分になってきていた。
バトルトークで発せられる社長たちの言葉から一語一句を捕らえ、将来のヒントを得ようとしている学生たちの真剣なまなざしが、私のOS(オペレーションシステム)を作動させたのだ。
私のOS、それは「相手を喜ばせる、勝たせる」ことである。
「受験に勝つ」をモットーとすべき、学習塾の代表を務めているのだから、「勝たせる」ことは一見当たり前の役目と思うだろう。しかし、私が勝たせたいのは「人生に勝つ」人材を育てること、つまり受験に勝ってそれで終わりではなく、「本物の勝者」を育成することにあるのだ。
「本物の勝者」とは、敗者を作らず仲間とともに勝つ者「次世代型リーダー」を意味している。
例えば、マラソンで、一生懸命練習して一等になったとする。一等になることは、確かに素晴らしい。しかし「本物の勝者」はそこで終らない。
後から走ってきた仲間や、身体に障害を持つ仲間がいたら、彼らのゴールインを全力でサポートし、そのゴールに心からエールを送る者こそが私が考える「勝者」なのである。
“濁流の向こうに、豊かな土地がある。
君は持ち前の勇気と体力で、濁流を泳ぎ切ろう。
そして、仲間たちのために知恵をしぼって、向こう岸から丈夫な橋をかけよう。“
限られた時間で、ここにいる若者たちに「本物の勝者」になるためのヒントをどう与えることができるのか、私はちょっとワクワクしていたのである。
何のために働くのか
バトルトークの後、私は弊社のブースを訪れた大勢の学生たちと言葉を交わした。
これから彼らは、どこかの企業に就職し、社会人としてのスタートを切るわけである。
「金のためだけに働くのは最低だ」私はいきなり言った。
働くのは金のためではない。魂を磨くためである。
楽な仕事などこの世には存在しない。仕事はしんどくて辛いものなのだということを前提に、社会人としての一歩を踏み出してほしいと思った。
現実と理想とのギャップが見えたとき、そのギャップが「問題」となって自分にのしかかってくる。
しかし、この「問題」こそが最高の「師」となることを覚えていてほしい。
問題を解決する過程が、魂を磨く研磨剤となることを知ってほしい。
問題がなく、会社で毎日が過ごせるということは問題意識を持っていない証拠だ。
自ら問題を作り、自らその問題を解決し、魂を磨くことが働くということだ。
では、問題を解決できなければどうするのか−。
私は、学生たちに言う。
“自分に果たせない問題を、神様は君たちに与えたりはしない”
もちろん、ひとりで解決しようなどと思わないことだ。
企業という場所には、人がいる。
自分ひとりでは入手困難なツールもそろっている。
それを使いこなすノウ・ハウもある。
人・道具・ノウ・ハウがあれば、それをどう問題解決に駆使するか、ここが魂の磨きどころではないか。
企業というものは常に「社員の夢の実現」を目指していくべきものだと私は考えている。社員が夢を実現できれば、会社にも大きな相乗効果をもたらすことは言うまでもない。
これこそが成功する企業だ。
面接に来た学生たちに私は再度はっきりと申し上げることにした。
仕事は「やらされるもの」ではなく「させていただくもの」
仕事は辛くて当たり前。
仕事は金のためではなく魂を磨くため。
こんな私を、学生たちは各十分間のイキナリ社長面接でどう捉えたのか。
最後に集計されたアンケートを見ると、印象に残った社長名に私の名を挙げた子が圧倒的に多かったのは、人生の本質的な問い、「何のために人は生きるのか」に対し、明快な言葉で思いをぶつけたせいだろうか。
それにしても、学生たちに満足してもらえたことが、私には純粋にうれしかった。
自分が承認されているのだと素直に喜べた。
そして、ひそかに若い頃の自分を思い出し、苦笑いしてしまったのであった。
* 次回は、ひとりの「メンター」として取り組んできたことについてお話します。