2009.08.10   

第30話 : ブレークダウン・ブレークスルー・セミナー その2       
     自らを鍛えなおす、人生のエクササイズ
 

引き続き、ブレークダウン・ブレークスルー・セミナー(以下BDBTと略す)についてお話したい。

 前回は、このセミナーを導くファシリテーターを挙手制で決める場の出来事についてお話し、挙手できない理由、挙手をした理由について取り上げてみた。

 私は全員が挙手してくれることを願っている。

 その際、必要なのは「少しの勇気」だけだ。

 「少しの勇気=挙手」は人間成長への一歩であり、人間力向上への道に繋がる。

 大切なのは危険な場所(すなわち今回の場合はファシリテーターという役割)に身を置けるかどうかである。

 危険な場所に身を置くことはチャレンジを意味する。

 その場所にあえて自ら乗り込んでいけるかどうかが、成長のポイントとなるのだ。

 さて、前回お話したBDBTセミナーのファシリテーターに選ばれたのは、成基学園で塾の講師を務めるNさんであった。なぜNさんがこの日、ファシリテーターとなったのか。

 セミナーでは、事前課題をあらかじめ提出し、私は参加者の課題にあらかじめ目を通していた。その中でひときわ目立ったのがNさんの書いた課題だった。

 事前課題として以下の四項目が掲げられることになっていたのだ。

(1)パーソナルミッション創作によって起こったブレイクダウン(失敗や落ち込み等)を具体的に書く

(2) パーソナルミッション創作によって起こったブレイクスルー(成果・創作前との違い等)を具体的に書く

(3)自らのパーソナルミッションをもとに、より素晴らしく生きるための課題があるとすれば何か?また問題解決のために何をするか?

(4)創作したものを自らのパーソナルミッションとして生きることで、今後どのような 「意図する成果」を作り出したいか

 これらの項目でNさんは次のように答えを書いていたのである。

(1) 何もできない自分がいました。農業なんて誰にでもできると思っていたのに九月の収穫に備えて、農薬散布の作業をしていたのですがまったくできず、わからず。農業に対して何の知識もない。自分の未熟さがわかった。米のありがたみを知りました。(一部抜粋のみ)

(2) 農業で頼りない姿を見せてしまいましたが“一生涯ともにする相手の父”からの許しを得ることができました。(一部抜粋のみ)

(3) 行動を起こす勇気です。まず、自分の信念を持って一歩行動してみることです。
(一部抜粋)

(4) 農作業に関する知識を身につけおいしい「こしひかり」をつくること
農薬散布する知識と体力を身につけること(一部抜粋)

 さて、このNさんの書いた課題を読んで、彼を知らない人が彼の職業は何かと問われれば、農業と答えるのではないだろうか。

 Nさんのパーソナルミッションは婚約者の父親の職業である農業にいつの間にか乗り移ってしまっているようだ。

 本来、社員のパーソナルミッションとは成基コミュニティグループのグランドミッションにアラインしたもののはず。ところが、どういうわけかNさんは、我が社ではなく義理の父になるであろう人が担う農業にアラインしてしまったのである。

 本人はどこまでそれに気づいているのか、いや気づいていないからこそ真面目にこんなことを書いてくるのだろう。

 私はセミナーが始まる前、Nさんを外に呼び出し言った。

 「Nさん、あなたが今、もらっている給料はどこから出ているか知っていますか」

 Nさんは一瞬わけがわからずきょとんとしていた。

「塾に来て、あなたから学びを得ている子どもの保護者からだということに気づいていますか」

 ここまで言われてやっと私の言葉の意味がわかったらしい。彼はしっかりと頷き返事をした。

 「この建物も、この時間も・・・、保護者が払ってくれているお金で私たちは、仕事をさせていただいている。あなたの課題を見ていると、まるで、そういった意識がない。うちが農業をしている会社ならそれは立派なパーソナルミッションと言えるでしょうが・・・、
今、あなたが相手をしているのは米でも野菜でもない。塾に来ている子どもなんですよ」

 「・・・はい」

 「こんな課題を書いてくる以上、このセミナーに参加させるわけにはいかない!帰ってもらおう!」

 私は強い口調で言った。

「・・・自分のことで頭がいっぱいで・・・。ちょっと時間をください。考え方を改めます。・・・とにかく、セミナーには、参加させてください!お願いします!」

 その後、彼は自分の気持ちを包み隠さす丁寧に私に話してくれた。

 彼の言い分はこうである。

 結婚を控え、相手の両親に気に入られたいが、義理の父親は家業である農業を継いで欲しいと願っている。その期待に応えたいが、今の仕事(成基学園の講師)に大変やりがいを感じているため両立しようと休みの日だけ農業を手伝うことにした。しかし、そうなると夏期の一番大切な時期に塾生と関わることができず、中途半場な自分に嫌気が差して、かなりブレイクダウン(落ち込んで)してしまったというのだ。

 「・・・今回も自分の中途半端な気持ちが原因です。申し訳ありません。気持ちの整理をするためにもセミナーに参加させてください」

 そこまで聞いて、納得した私は、再びセミナールームにNさんを招きいれ、ことの成り行きを参加者二十四名の前で説明した。

 誰もが真剣な顔でNさんを見ていた。Nさんも自分の気持ちを率直に述べた。

 「どうしても成基学園での仕事がしたい・・・。ただ、農業もやりたい・・・。休日は農業に充てたい。このわがままを聞いてください。もし、その中で不都合なことがあれば、正直言っていただき、その都度改善していきたいと思っています」

 その後、私が参加者のフィードバックを求めたところ、様々な意見が出た。

 「米はみんなが食べる大切なもんなのだから、その食を通じて、子どもたちの教育に役立つ事だってあると思う。自分がわがままだと思うのだったら、その負い目を子どもたちの財産にしようとチャレンジすれば、周りも納得するのではないかと思います」

 「一日の大半が仕事だけど、他の時間はNさんの時間なんだから、その中で自分なりに創意工夫すれば誰も文句は言わないのではないでしょうか」

 「人を育てるのも、米を育てるのも、ある意味共通点があるような気がします。時間のやりくりをして、その共通点を子ども達への授業に役立てたらどうでしょう。後はそれを周りが許容するかどうかは本人次第だと思います。チャレンジし続けるのか、大変だからどちらかを辞めるのか・・・」

 「ふたつあるからと言って仕事が中途半端になるようでは周りは認めない。両立していくことは難しいけど、応援していきたいと思います」

 意見が出揃ったところで、Nさんの話は打ち切りとなり、セミナー再開のためのファシリテーターを決定するため、候補者を募った。

 こうして参加者の約半数の手が挙がったわけだが、その中にはNさんのまっすぐに伸びる手があった。彼の顔は驚くほどすっきりしている。

 仕事は生きていくための糧と割り切る者も多くいるが、成基コミュニティグループにそんな社員はいらない。そんな社員がいては、子ども達に示しがつかない。

 仕事を二の次にし、農業を第一に考えるのなら、会社を去ることを私は勧める。

 しかし、農業からの「学び」や「気づき」を通して、子ども達に大切な何かを伝えることができるのなら、それは大きな前進と言えるのではないだろうか。

 そして、この日の最もふさわしいファシリテーターはNさんを置いて他にないだろう。

 彼がパーソナルミッションに繋ぐべき事は、こういった日常の思いではなかったかと思う。

 今後、セミナーに重ねていくうちに、パーソナルミッションは、真に我々のものとなり、その行動に力強さを生む成果が得られるだろう。

 そして本物の感動と信頼を顧客と我々の間に築くことになるのだ。

 Nさんへの周りの意見は肯定的であった。しかし、自分が自ら課す課題にどう向き合い、どう乗り越えていくかは本人次第である。

 Nさんのまっすぐ伸びた手は、打開の第一歩。しかし、その第一歩の影には参加者たちの存在があったことをNさんの心に留めて前進して欲しいと私は思う。

志あるリー ダーのための「寺子屋」塾トップページへ