2010.12.2      

第45話:能登島キッズランド 
           合格達成セミナー合宿(1) 

8月13日、予定より早くバスは能登島に向けて出発した。名神自動車道路から北陸自動車道を通り、到着まで約5時間の道のりである。

子どもたちはグループごとに横一列の座席に、グループリーダーとサブリーダーである社員は子どもたちに十分注意が届くようグループ列中ほどの補助席に座わっている。

バスが動き出すとまずは、社員が朝の挨拶をして、4日間の心構え等を穏やかに話すことで、子どもたちの緊張をほぐす。

次は、合宿での5つグランドルールを説明し、子どもたちに復唱させ、この4日間はすべて、このグランドルールに則って、行動することを子どもたちに認識させる。

グランドルールは以下のとおり―。

1.元気にあいさつします。
これは「人の間に生きる」人間としての基本だ。「おはようございます」「よろしくお願いします」「ありがとうございます」「いだだきます」「ごちそうさまでした」「おやすみなさい」の6つを中心に、元気な挨拶を徹底する

2. 時間を守ります。(5分前行動)
成果を作る人は時間を大切にする。5分前行動を実践

3. 積極的に行動します。
今、何が起こっているかを観察し、自分は何をすべきかを的確に判断し、行動する

4.人の話をしっかり聞きます。
耳―心―頭のラインを常につなぎ、相手の考えや想い、必要な情報を、しっかり自分の中に取り込む

5. チームワークを大切にします。
集団の中にいることを意識して行動・言動することで、他人の役に立つこと、他人に喜びを与えることの価値を知る

 

以上を、社員が読み上げ、子どもたちが大きな声で後に続く。
 そして、読み終えると「これを覚え、心に置いて、しっかり行動してください」と付け加えた。

次は、自己紹介だ。まずは、各グループリーダーたち社員が自己紹介をして、子どもたちがそれに続く。

子どもたちは、挨拶のあとキャンプネームと本名、在籍教室、入りたい志望中学を言い、この合宿で挙げたい成果を言ってもらう。そして、自己紹介が終わると、全員で承認の拍手を送るという手順だ。

合宿では、本名は使わない。私も、社員も、子どもたちもお互いが自分で決めたキャンプネームで呼び合うことがルールである。

すでに、このあたりから、子どもたちの中では、集団の中にいるという意識が高まり、集団のルールに沿ってうまくやれるのかという焦りと不安も湧きあがってきているだろう。

各グループリーダーは常に元気で明るいが、同時に甘えを許さないという強いエネルギーを発散している。

車内はいつのまにかピンと張りつめた空気に染まった。

その時、この場の雰囲気を見計らって、今回のトレーナーを務める、サムライ(キャンプネーム)が言った。

「ぼくたちは、君たちの夢達成のために、とことん徹底的にこの4日間、関わっていく。でもあとは、君たち次第だ。君たちが自分自身変わろうとしなければ、なにも変わらない。
わかったね?」

子どもたちの緊張が高まり、場の雰囲気ががらりと変わった中、自己紹介が始まった。

ほとんどの子は、何とか自己紹介を終えたが、どうしても話すことができず涙ぐむ子、真っ赤な顔で下を向いている子は、飛ばして次に行く。

ここには親はいない。甘える大人もいない。いるのは自分と、自分と同じ6年生だけだ。

その同じ6年生がどんどん自己紹介を終えていく中、話せなかった子は、自分だけが取り残されることのみじめさ、悔しさ、情けなさを感じる。

その気持ちを時に上手に奮い立たせながらリーダーたちが導くことで、結果的には全員が自己紹介を済ませるに至る。

この合宿に参加しているのは、精神的な弱さが障壁となっている子どもたちだ。

そこで、「やればできる」という「成功体験」を合宿で身につけさせることで、精神的な強さを導き出し、「やる(TRY)」=「できる(POSSIBLE)」という魔法を子どもたちにかけるのである。

大切なのは、凍結した土の中から芽吹いた若葉のごとく、挫折の中からの得た達成の喜びと感動を経験すること。そのため、今回の合宿のグループ分けは、子どもたちそれぞれの性格や生活スタイル等を慎重に事前調査して、より成功率が高くなるよう工夫し、構成されていることも重要なポイントだ。

みなが自己紹介を終えた後、私も子どもたちに手身近なメッセージを送ることにした。

「ぼくたちの心の中には、ふたりの自分がいるんだよね。たとえばホワイト君とブラック君。ホワイト君は、がんばっている自分や、がんばっている友達の姿から学ぶことができる自分。

ブラック君っていうのは、どうせダメだと諦める自分、もうしんどいことなんかやめて、ゲームやろう!って誘う自分。遊んじゃえ!って言う自分。みんなの心の中はどっちが勝ってる?君らの毎日の様子を聞いたらブラック君だらけやなあ。

まず、みんなは何のために勉強する?入りたい中学に入るために勉強してるんじゃない。

中学受験じゃなくて、人生に合格するため、幸せになるために勉強しているんやで。

そのためには、自分の夢をもっと具体的にして、ブラック君とさよなら、つまり、今の自分とサヨナラして、新しい自分(ホワイト君)になるためにここに来た、という心構えを持つこと。いいね?一緒に最後までがんばろう!」

その言葉と同時に、私は心の中で社員にもこんなことを訴えていた。

“ダイヤモンドを磨くのは、ダイヤモンドだけ。

子どもたちをダイヤモンドに磨き上げるのには、まず君ら(社員)ダイヤモンドでなければならない。そのことをよく頭に置いて合宿に臨んでほしい!

そして、子どもたちを磨くことで、また君ら(社員)も教育人として、ピカピカになって欲しい!”
 
 前回も述べたように、私がこの合宿を、子どもたちの合宿だけではなく、格好の社員研修の場として捉えている真髄はここにある。

その後バスの中では、子どもたちと、グループリーダー、サブリーダーたちとの何気ない会話が始まった。

これは、リーダーたち(社員)による子どもたちの観察時間と言っていいだろう。

これは、子どもたちへの接し方(DOING)を決定する観察タイムとなる。

この時間で、リーダーは個々の子どもたちの特徴や動向などをじっくりと見て、頭の中にそれぞれの指導方法をプログラミングするのである。

これは、指導者にとって最も重要な作業といえる。

これからの4日間、リーダーはグループにいる6名の子どもたちのすべてを見なければならない。

リーダーの在り方(BEING)と接し方(DOING)で子どもたちの成果は大きく左右される。

これは、教育者としての資質が問われると同時に、最高の成長の場、最高の研修の場となるのである。

ところで、私がキッズランドで教科教育なしのこの合宿を始めるようになったのには根拠がある。

それは今から20年ほど前。

ある日、志望していた中学受験に落ちた塾生数名が、成基学園の講師に涙を流しながらこう訴えたという。

「悔しい・・・情けない・・・受験に失敗して、こんなに辛いことありません・・・」

慰める言葉が見つからなかった講師は、彼らを励ますために、キッズランドに連れて行くことにした。

そこで、私は今まで経験してきた様々な研修をベースに今の合宿に似たメンタルプログラムを取り入れ“高校受験に向けて頑張る”と決意した彼らに徹底指導したところ、何と今度は全員が難関有名志望高校に見事合格したのである。

その3年後、京都大学や医学部に現役合格し、合格報告に来てくれた生徒4人が講師に言った。

「先生、6年前の能登のキャンプはすごく悲しかったり、辛かったりしたけど、本当に自分自身が強くなれた。すごいキャンプでした!今でもやっているんですか?」

「いや・・・君たちだけであとは、やってない」

「どうしてですか?」

「これまでの能登キッズランドは自然体験だけだったけど、君らの合宿は大声出したり、泣いたりで、周りからはあんまりええ顔されなかったんや・・・。だからやってない・・・」

「何でですか?あれがあったから、ぼくら、今があるんです!やりましょう!」

「・・・うーん・・・」

「先生らがやらんのでしたら、ぼくらがやります!ぼくらがトレーナーやアシスタントになって、子どもたちを指導します!自分の体験したような辛さは味わわせたくないんですよ!中学受験に失敗して、あんな辛い思い・・・後輩には絶対に味わわせたくない」

こうして、大学生になった彼らは私のアシスタントとなり、大学院を卒業するまでの6年間、中学受験を目指す小学6年生を対象に合格達成セミナー合宿をサポートしてくれたのである。

その彼らの志と成果に強く共感を覚えた私は、正式な教育プログラムの一環として、この合宿を取り入れ、自らも指導者として毎年、能登に向かうようになった。

そして、同時に社員研修の場として、重きを置くようになったのである。

教科教育なしの、この合格達成セミナー合宿は、受験に失敗した過去の子どもたちの涙が発端となって始まり、今でも飛躍的な成果を上げているのである。

*続きは次回です。


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