2011.01.24
弱い自分を捨てて、新しい自分(できる自分)を発見する。
この合宿で求められるのは、「不可能」というOSを「可能」に書き換え、理想の自分になるための道標を見出すことだ。
47話では、弱い自分(心の傷・トラウマ)を知ることの重要性を、参加した塾生たちに説明した。実際に弱い自分と向き合うのは、合宿初日の夕食後となるのだが、早くもこの段階で、その自分の弱さをありありと見せる男子塾生が出た。
青龍(キャンプネーム)が、夕食の準備に取り掛かろうとセミナールームから出たとたん、廊下で大泣きをしたのである。
グループリーダーのバッカス(キャンプネーム)が、寄り添い青龍のケアに当たっていた。青龍の泣き声の大きさに周囲も気付かないはずがなかった。
私もその泣き声がする廊下に行き、バッカスに事情を聞いた。
「ホームシックです。お母さんが恋しくなったらしくて・・・帰りたいって言い出したんです」
「ふーん・・・そうか、お母さんに会いたいか?」
私が聞くと青龍は、しゃくりあげながら「あ、会いたい・・・」と言った。
「今、どんなこと思い出してる?」
「お、お母さんが・・・ボ・・・ボクの野球の試合見に来てくれて・・・、嫌なことがあったけど、お母さんがやさしくしてくれた・・・お母さんに会いたい・・・」
一層泣き声が大きくなった。
「そうか、お母さんと一緒にいる時のことか・・・。お母さんのところに帰りたいんやな?」
「う・・・うん・・・帰りたい・・・帰る・・・」
「帰りたければ、帰ってもいいぞ。でもな、それで、解決するんか?」
青龍は何も言わず大泣きを続けている。
私は、彼を抱きしめて言った。
「なあ、お母さんは、青龍がここでどんなふうに変わって、帰って来て欲しいと思ってるかな?逃げて帰る青龍か、ここでがんばって弱い自分を乗り越えて笑顔で帰る青龍か、どっちの青龍を待ってるんかな?」
ひどく泣き続けるので、それをみかねたサムライが、ティッシュペーパーとお茶を持ってきた。過呼吸を避けるためである。
バッカスがお茶を青龍に手渡し、それを飲ませて言った。
「ごはんの時に、国王(私のキャンプネーム)の言ったことをもう一回よく考えてみよう!帰るんがええんか、ここでもうちょっとがんばるんがええんか、考えたらええ。な?」
バッカスの優しい声に、少し気持ちが治まったのか、青龍は手で涙をぬぐいながら頷いた。
「なあ、青龍、大きな声で泣けるのは強い証拠なんやぞ!ガマンすることない。泣きたかったら泣け!思い切り泣け!それで、強い男になってお母さんを喜ばせてあげろ!な?」
私が言うと、バッカスが「じゃあ、ごはんの準備、みんなしてるから行こう!」と言って青龍を促した。
青龍はそれ以上逆らうことなくバッカスと一緒に歩き出した。
私はタイミングが良かったと思った。食事時間に入れば、クールダウンできる多少の余裕が生まれる。あとは、グループリーダーのバッカスが様子を見ていれば、問題なく夜のセミナーに参加できるだろう。
さて、合宿は初めての食事時間を迎えた。
食事の準備は塾生たちだけで行う。
この日は初めてなので、スタッフが塾生を食堂に入れ、グループごとに着席させる。
グループリーダー、サブリーダーも自分のグループの塾生たちと同じ席につき、その他のスタッフは、スタッフ用の席に着席した。
まずスタッフが、今日の夕食の「配膳見本」を示しながら塾生に説明する。
「これから食事は、すべてこの部屋で行います。今日は初めてなのでこのように私が見本を作りましたが、今後は君たち自身がこのようにやってください」
その後、食堂では、塾生たちがああでもない、こうでもないと言いながら配膳に取り掛かった。
塾生たちから配膳終了の声がでるまで、スタッフは一切手助けをせず、ストップウォッチで食事の準備が開始されてから整うまでの時間を測る。
この日、かかった時間は23分24秒―。
早いか遅いかは別として、これが合宿最終日になると半分以下の時間で配膳の準備ができるようになる。これもこの合宿の成果のバロメーターのひとつと考えていいだろう。
塾生から配膳終了の合図がでた。
あとは、スタッフ(グループリーダー)が前に出て、合掌をして「いただきます」となるわけだが、スタッフはじっと食堂内を見回したまま、何も言わない。
実は、配膳はまだ終了していなかったのだ。
つまり、子どもたち自身の配膳は終了していたが、我々スタッフの食事は準備されていなかったのである。
「なあ、これで本当に食べられるんか?周りもう一度、見回してみい!」
スタッフが言うと、塾生が周りをきょろきょろ見はじめた。誰も気が付かない。
「えーっと、これで食事できますか?食堂の隅から隅まで、見てください」
その言葉で今度はより遠くのテーブルまで塾生たちの視野が広がった。
次の瞬間、ひとりの塾生が「あ!」と言い、スタッフテーブルを指差して立ち上がった。
それに続いて他の子たちも急いでスタッフたちの配膳に取り掛かった。
指示するのは簡単だ。しかし、この合宿で大切なのは、子どもたち自身が自分の力で“気づき”、自分の意思で“実行”するということなのだ。
誰かに言われたことより、自分で決めたことの方がより責任感と達成感が生まれるからである。
スタッフも配膳を運んできた塾生たちに、温かい言葉をかけることを忘れない。
当たり前のことでも、これが子どもにとっては「承認」の第一歩へと繋がる―。
スタッフへの配膳もれのため、この日の配膳時間は結果的に40分となってしまったが、食事時間も大切な“気づき学習”の場となることを付け加えておきたい。
食後は、先にあげたトラウマセミナーへと突入する。
セミナーをリードするのは、トレーナーのサムライとサブ・トレーナーのゴッドだ。
セミナーは、ゴッドが自分のトラウマを塾生たちの前で話すことから入る。
ゴッドのトラウマは父親との関係に始まり、それが原因で自分の意見を他人に言えない子になってしまった。そして、小さい頃から人と交わるのが苦手で、小学校でいじめに合い、さらに心の傷を大きくしてしまったというものだった。
具体的にトラウマとはどういうものか、それをゴッドの体験を聞くことで理解し、自分のトラウマとは何かを探求するのである。
ただ、これは12歳の子どもには難しいのか、なかなか進まない。
そこで私は少し補足することにした。
「トラウマってさ、誰かに意地悪されたとか、他人だけが原因じゃないよ。他人じゃなく、自分で自分自身を傷つけてトラウマを作ってしまう例も多いんやで。自分の責任なのに人のせいにしてしまう自分。約束が守れない自分。または、誰かにいじわるされたんじゃなくて、誰かに意地悪してしまった自分がトラウマになってることだってある」
塾生たちが、真剣に私の目を見て話を聞いていた。
食事前に泣いていた青龍も、今は落ち着きを戻し積極的な姿勢でセミナーに臨んでいた。
次いで、私はもうひとつ具体的な質問を試みた。
あなたは、自分のことが好きか―。自分に自信があるか―。という質問である。
結果、両方の質問とも明らかに半数以上の塾生が「ノー」と答えた。
想定内だ。
「じゃあ、そんな自分になってしまったのっていつだろう?そんな自分をつくってしまった原因って何だろう?それを書き出してごらん。そのことを紙に書けばいいんだよ」
ここでようやく子どもたちのペンの音が聞こえ始めた。
「ひとつづつ、最も苦しかったこと、悲しかったことからいれよう。いくつあってもいい。
泣いてもいい」
しばらくして、塾生がそれぞれのトラウマを書き出した後、セミナールームにはどんよりと重い空気が漂った。
「今、こうして自分のトラウマが出てきた。本当はできるのに、トラウマが君らに“どうせあかんねん”と囁いてたわけや。・・・。でも今、トラウマに光を当てたら、なんや、あかんかった原因はトラウマに縛られてたせいかって、みんなは気がついたと思う。
何もあかんことなんてなかった。できるってことに気付いた!じゃあ、今度は“できる”絶対に“できる”という種を蒔いて、花を咲かせよう!」
瞬間、セミナールームが暗くなり、音楽が鳴り始めた。
「できる!できる!できる!」
サムライが音楽のリズムに乗って、ひたすら手を上げその言葉を繰り返した。
「さあ、みんなも言ってみよう!できる!できる!できる!!」
他のスタッフも交わり大きく飛び跳ねた。
それを見た塾生たちも同じように真似た。
1分、3分、5分、10分、15分―。
ひたすら「できる!」と叫びながら音楽にあわせてジャンプする。
ひときわ大きく飛び跳ねるひとりの塾生が私の視野に入った。
食事前に大泣きしていた青龍である。
「できる!できる!できる!」
歯を食いしばり、大汗を流しながら、大声で繰り返し叫んでいる。小さな体を上下に躍動的な動きを見せている。
遂にはお茶を準備していたアシスタントに走り寄り、「これ、邪魔だから持っていてください!」とメガネを渡し、走って輪の中に戻っていった。
すでに食事前と同じ少年ではなくなっていることはこの時点でも明らかだった。
*続きは次回です