2011.04.04        

第51話:能登島キッズランド 
         合格達成セミナー合宿(7)

合宿二日目、最後の塾生、モンブランの契約が承認されたのは、予定時間を大幅に過ぎた午後6時半だった。

他の塾生たちが見守る中、モンブランは何とか最後に承認を得ることができた。

モンブランが言葉に魂を込めることができなかったのは、リーダー、サブリーダーにも原因があったことは、前回述べたとおりである。

結果、モンブランの承認は、私自身がモンブランと真正面から向き合うことにした。

モンブランの契約は、「私はけじめのある人間です」という内容で、その言葉を何度も、何度も繰り返したが、やはり魂を感じるまでには至らなかった。

私はついに立ち上がり、モンブランの首根っこをつかんで大声を出した。

「お前は!何を考えとるんじゃ!ちゃんとオレの目を見てみい!」

瞬間、モンブランがはっとした顔を初めて見せた。

私が怒鳴り声にも近い大きな声を出したのは計算の上である。

モンブランはこの合宿に対し、まだ目が覚めていないのである。大声で契約を読み上げてはいるが、心の中はどこかに沈んだままで、眠ったままだ。だから目が泳ぐ。

他の塾生はとっくに目が覚めて、前に一歩踏み出しているのに、モンブランが意識の上で参加に出遅れてしまっていることはあきらかだ。

このままで合宿を終えるわけにはいかない。

私は、モンブランの頭をぐっと押さえ、彼の顔を私の顔に近づけた。

それは、たぶん10センチと開いていなかっただろう。

「オレの目を見ろ!目をそらすな!見ろ!」

するとモンブランの目がカッと大きく開いたかと思うと、大きな涙がツゥーっと彼の頬を流れた。

この瞬間、ようやくモンブランは、今自分が何のためにここに来たのか気付いたようだようだ。

「そうや!お前は何をしにここにいるんや!何のために、誰のためにここにいるんや!目をそらさんと、オレの顔を見て答えてみい!」

「・・・」

「答えてみい!」

「自分の・・・夢を・・・」

「もっと!大きな声で!」

「自分の夢を達成するため!」

 モンブランは瞬きひとつせずに言った。

「じゃあ、夢達成のために君はどんな人間にここでなるんや?それが契約や。で、君が本当にその人間になったかどうかは、ここにいる全員が承認することで証明されるんや! 言ってみろ!」

「ボクは!けじめのある人間です」

「ほんまか?そんなふうには見えへん!」

このあたりからようやく言葉に魂が入り始めた。眠っていた意識がはっきりと目覚めたのである。

モンブランはその後、涙を流しながら契約を読み上げた。

子どもは一人ひとり、顔が違えば性格も違う。能力も、感性も違う―。

鞭(叱咤)をどう使うか、飴(抱擁)をどう使うかは、指導者であるリーダーたちにかかっている。その点においても、モンブランの一件は、前回述べた、にーやん、かぽねにとっても大切な経験となっただろう。

こうしてモンブランが塾生で一番最後の承認を得た時、私が彼を思いきり抱きしめたことは言うまでもない。承認を抱擁で示すことこそ、最大なる飴なのである。

この匙加減をリーダー、サブリーダーたち社員の経験と感性で取得すれば、真の教育者となれるはず。しかし、それは簡単なことではない。マニュアルどおりに事が運ばないこの合宿は、塾生である子どもだけでなく、指導している多くの社員たちにとっても大きな不安と戸惑いが生じる研修プログラムであり、その不安とどう向き合うかも社員様々だ。

 今回、3グループのリーダーとして参加した社員、グレン(キャンプネーム)も大きな不安を抱えながら合宿に参加したひとりである。

ふつう塾という場所は、鶏の尻尾レベルではなく、鶏冠レベルで教科教育を行うところだ。

ところがこの合宿はまるで正反対。鶏冠から大きく引けを取っている子どもたちを、教科の面ではなく、意識の面で、鶏冠レベルまで押し上げようというのである。

グレンは自身の合宿への参加についてこのように不安を述べている。

「こんなふうに子どもと深く関わったことなんてないので・・・リーダーとして指導していくのはとても怖かったです・・・。ここにいる子どもは、みな自分に自信がなくて、自分を嫌いな子が多い・・・。でも、こういった子どもは世の中にはたくさんいるんです。

 この合宿という限られた時間の中で自分に何ができるのか、アンテナを立てて向き合うことが必要だと感じました」

「君のアンテナって何や?」私は聞いた。

「軸に従い、行動するってことです」

「軸って何や」

「そうですね・・・自分が人として恰好いいと思える信念とでもいいますか・・・」

グレンはなかなか面白い男だと私は思った。

「大きな声を出したり、いろんなパフォーマンスを人前でやったり・・・本音を言えば、恥ずかしさはあります。でも・・・恥ずかしがっている自分は、恰好悪い!だから、恰好いいという信念に従って、恥ずかしさを打ち消しています。これも、軸に従って行動するって意味なんです」

自分の中の正義に従い、不安や弱さを打ち消し、子どもたちの意識改革に臨む。

まさにガチンコ勝負である。

そんな彼の考えの中に「失敗が怖いから見過ごそう」とか、「他人になんて言われるか不安だからここは押し留まろう」などという考えはないようだ。

教育者として、将来が非常に頼もしい性格の持ち主である。

そのグレンが受け持つグループの中で、とりわけ気にかけている塾生がいた。

キャンプネーム、クララである。

彼女は他の塾生より、ひときわ自己嫌悪感を表に出す内気な少女だった。

友達に嫌われたり、いじめられた経験があるらしく、メンバーとも全く馴染めなかった。

常に下を向いてばかりで人の顔をまともに見ることができない。

合宿一日目の夜は、その日の出来事を振り返り、自分の気持ちを綴る「振り返りシート」にも無難なことばかり書いていた。

その彼女が変わったのは、二日目の契約承認の時だ。

クララの契約内容は「己に勝つ」。それは弱い自分に打ち勝って殻を破り思い切り自分の夢に向かってアクセルを踏みたいという意味が込められていたのだろう。

彼女は自分の要求に常にブレーキをかけていた。そのブレーキを外す勇気が欲しかったのだ。

グレンは、誰も信じることができず、自己否定の激しい彼女に何を伝えるのが一番の力になるのかを考えた。

そして、彼はグループメンバーの塾生たちに彼女の前で「彼女のことをどう思っているか」ということを聞いたのである。

そのことをあえて聞き出すことで、クララに信頼と自己肯定を伝えようとしたのだ。

当然、メンバーが好意的な気持ちをクララに抱いていることは、グレンはすでにお見通しだ。

普段通っている塾の教室が異なるメンバーは、この合宿を通じて知り合ったばかりで、さほど相手をよく知ってはいない。つまり飛びぬけた好意は持っていないが、嫌う理由も見つからない。とはいえ、合宿に参加した初日、ここで一緒に変わろうと誓った仲間なのだから同志という意識は芽生えているはず。ならば、子どもたちも間違いなく好意的に相手を受け入れるだろうとグレンは踏んだのだ。

結果、グレンの思い通り、メンバーは非常に好意的な言葉と態度をクララに示してくれた。

余程うれしかったに違いない。クララは大泣きした。

その直後から彼女の態度ががらっと変り、声が変わった。

メンバーを信じても大丈夫だという気持ちに至ったのだろう。

その夜の「振り返りシート」には、前日のものと同じ人間が書いたとは思えないほど、喜び、感動、達成感など肯定的なことばかりが隙間もないほどびっしりと書かれていた。

これはグレンの「軸」に従い行動したひとつの成功例と言えるのではないだろうか。

教育の相手は物ではなく人間の心だ。

人間の心を動かすには、まず自分の心を見つめ、経験に基づいた自分の中の正義、そして道徳を見極めることだろう。

しかし、その後、クララに再び自己嫌悪感が浮上。

彼女は三日目、高熱でセミナーに出席できなくなってしまう。

メンバーを信じることができたクララに何が起こったのか。

原因は何か。その時グランは軸に従い、どうアクションを起こすのか。

続きは次回にお話したい。


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