2011.04.19        

第52話:能登島キッズランド
        合格達成セミナー(8)

前回は、最も自己否定の激しいクララについてお話をさせていただいた。

そのクララがグループリーダー、グレンの指導で、合宿二日目には自分自身を肯定できるようになり、大きな変化を遂げた。しかし、それも束の間、翌日には再び元のクララに戻り、高熱で保健室で休むという事態が起こってしまった。

クララが、自己を肯定できるようになった大きな要因はグレン率いる3グループのメンバーたちの好意的な言葉と態度であった。信頼できるこのメンバーであれば、一緒に何かを克服できる。そう彼女は確信していたのだろう。

ところが、合宿3日目に入って彼女に予期せぬことが起こった。

この日の行われるのは、2日目の「契約承認」の場で承認された「こうありたい自分」を実現するために、その契約を実際に何らかの形で表現し、全員の前で承認を受けるストレッチ発表会である。

昨日までのグループとは異なり、この日は「契約が類似するもの同士」が集まるグループの再結成が行われた。

クララの契約は「己に勝つ」なので、似た契約(例えば:何事にも負けないなど)を持つ子たちと新たなメンバーになり、やっと信頼できるようになれた3グループのメンバーとは離れ離れになってしまったのである。

これはクララにとっては全くの想定外、この時点でクララの失望は最大限となった。

ストレスが増し、体調を崩してしまい、引っ込み思案で他人の顔すら見ることができない少女に後戻りしてしまったのである。

その日、クララは午前中保健室で休むことになった。

その間にもストレッチ発表会は開始され、類似契約を持つメンバーで再編成された4つのグループが集まり、どのような方法で、自分たちの契約が証明できるのかを話し合った。

結果、塾生たちは寸劇のようなものを披露したが、それは到底承認できるような代物ではない。クララだけではなく他の塾生までもが、すっかり元に戻ってしまったかのようだった。やはり伝わるものは何もなく、あの涙はどこへいったか、適当に終らせたいという姿勢すら垣間見えた。

発表が終るとスタッフたちが子どもたちに呆れたような苛立ちをあからさまに見せた。

 「なんでそんなに声小さいんや?そんなんで、承認得られるんか!全力でやらんか!」

 「今までのは全部嘘か?」

 「うそうそ!みんな嘘や!」

スーパーバイザーで合宿の全体の成り行きを見ていたラオウ(キャンプネーム)が怒った。

他のリーダーが追い討ちをかけた。

「なんでや!昨日までのは何やったんや!」

ただ事ではないと感じた子どもたちの表情が変わり始めた。

更に追い討ちをかける。

「お前ら!逃げて終りか!」サムライが言った。

 「これはグループリーダーのせいと違うか?」ラオウが言った。

次第に矛先は、指導者であるトレーナーのサムライやリーダーたちに向けられる。

トレーナーのサムライをはじめ、リーダーたち、スタッフ同士が揉め始めた。

「もう一度、子どもたちにチャンスを与えて欲しい」サムライが言った。

 「裏切られた気分で、もう信用できない」ラオウが怒鳴った。

匙を投げるスタッフ、呆れるスタッフ、チャンスを再度与えて欲しいと泣き出すスタッフたちの言い合いが加熱した。

この時、塾生たちはスタッフが自分たちのせいで争いを始めたと知り、一様に驚いて、わけがわからないと言った顔を見せた。
 
 まさか、大人たちがここまで真剣に自分たちに向き合ってくれるとは思わずにいたからだ。

これは、子どもたちを触発し、彼らのやる気を頂点にまで引き上げるギミックである。

そこにはスタッフの「怒り」「涙」「汗」「愛情」「教育者としての信念」が、ほどよくブレンドされており、そのブレンド具合は、子どもたちの性質、行動、思考によって変化する。

このブレンド配分を考えるのも、トレーナーはじめとするスタッフたちの役割だ。この日は最も緊張するメインのプログラムでブレンドを間違えると合宿は失敗する。

子どもたちの一挙一動を見ながらツー・カーでスタッフたちは互いの対応をアドリブ展開しているのである。

予想通り、驚いた子どもたちは、オロオロし始めたかと思うと、泣きながら言い合いをしているスタッフの間に割って止めに入った。

「止めて下さい!」「お願いです!ぼくたち、がんばりますから!」

叫びながらトレーナーに抱きつく塾生、後ろから涙を拭きながらただひたすら謝り続ける塾生。様々だったが、この日、子どもたちはスタッフたちと共に大泣きすることになる。

これは、塾生たちに「スタッフたちも真剣に君たちのことを考え、合宿に挑んでいるぞ」という「気づき」を促すパフォーマンスだ。

そして、本当に子どもたちの真剣さとやる気が確認できた時点で、発表の再チャレンジに入る。

この時点で、今度は発表の課題を、こちらから提示する。

ストレッチ発表会の目的は、どんな発表をするか(発表の内容)ではなく、どう発表するか(確固たる意志の示し方)がすべてであるため、発表の内容を喧々諤々やっている時間は無駄なのである。
 
 さて、与えられた発表課題は以下の三つ
 
 1.詩を丸暗記し、大きな声で感情を込めてみんなの前で暗誦する
 2.歌を丸暗記し、大きな声で感情を込めてみんなの前で暗誦する
 3.日本国憲法前文を、グループ人数で割り、持分の一節を暗記し、全員が一語一句間違うことなくスラスラとみんなの前で暗誦する。

先ほどの騒動で完全に目を覚ました子どもたちからは、真のやる気が窺えた。

こうして、1の課題には2つのグループが合同で参加し、一番早く承認を得ることができた。次いで2の課題のグループも承認を得た。

最後に残ったのは、当然のことながら、日本国憲法前文の暗誦である。

誰がどこを暗記するのか、その分担だけで多くの時間を要した。

その時、先に承認を得たグループの子どもたちが、日本国憲法前文の暗誦に加わりたいと申し出た。全員が承認を得て合宿を終らせることが最も重要だと、子どもたち自らが考えたのだ。

こうして29名の塾生全員がひとつの長文の暗誦に参加するというチャレンジが始まった。

暗記そのもののひとりの持分はわずか2行ほどで暗記力が優れている子どもたちにとってはそれほど難しいことではない。難題は別のところにあった。

それは、一人ひとりが持ち前の一節を一語一句間違うことなくスラスラ暗誦し、全文を完了しなくてはならない「プレッシャー」だ。

怖いのは一人(自分)のミスはみんなのミスと見なされてしまうところにある。

その証拠に、自分の番が来たら頭が真っ白になり、記憶が飛んでしまうというケースが多々見られた。一度目に失敗した誰かがちゃんと言えたかと思うと、一度目に間違いなく言えた子が今度は失敗する。同じ子が毎回失敗するのではなく、成功したり失敗したりをみんなが繰り返していたため、承認に至ることはできなかった。

結果、何度やっても、どこかで誰かが間違い、躓いた。

その中で、最初から常に冷静で、何度やっても何一つ間違わず、躓かず、見事なまでに自分の担当する一節をきっちりと述べる塾生がいた。

クララである。保健室で午前中休んでいたクララは午後にはセミナールームに戻り、今は他のどの塾生よりも堂々とした表情で、日本国憲法を唱えていた。

たまたまクララは暗記が得意で決められたことをこなす能力に長けていたのだろう。

そのたまたま得意なことに多くの他の塾生が躓いたことがかえってクララの自信へと繋がったのだ。

クララはこの事実で、肯定できる自分を見出し、弱い自分を完全に克服していた。

しかし、すべての塾生が参加した日本国憲法の暗礁は、三日目の夜、10時過ぎになっても完了することはできなかった。

この事態に気を揉んだのが、トレーナーのサムライである。

明日は合宿最後の日で、8月16日の午前11時には退村式を終えて、帰路につかなくてはならない。

サムライは「今日は、もう日本国憲法のことは忘れてちゃんと寝ること!寝ないと覚えたものも忘れるぞ」とだけ言い、子どもたちを就寝に就かせた。

翌日―。

合宿最終日の朝、朝食後すぐに全員が一列に並び、発表を開始したが、遂にはこれも失敗に終ってしまった。

こうなると、暗記ができている、いないの問題ではない。

暗記は完璧だが、プレッシャーの中の「己に勝つ」という試練を乗り越えずにいられないことは誰の目にも明らかだった。

そして子どもたちは、成功することなく能登を去ることになったのである。

こんなことは合宿始まって以来、初めてのことだった。

私はサムライはじめ、他のスタッフたちがどう出るかを見守った。

* 続きは次回です


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