2012.11.26  

   第70話: 絆−従業員研修旅行・被災地へ−その7.

 3日間の研修旅行最後のプログラム、仙台進学プラザ阿部孝治社長のご講演を聞きながら、私は社員たち一人ひとりの様子を遠くから見ていた。

 「塾は社会からその存在を強く求められている」と言った阿部社長の言葉はあまりにも説得力があった。それは経験した者だけが語れる真実味、力強さだった。

 被災する前の阿部社長のように「社会における塾の存在はそれほど重要ではない」と思っていた弊社の社員はかなりの数に上るだろう。

 だからこそ、この度の阿部社長の言葉は大きく心に響いたに違いない。

 阿部社長の講演会での言葉は塾に携わる人々の自己肯定感をも向上させる力を持っていた。

 自分のしている仕事は社会で大きな役割を担っており、社会から必要とされているのだという存在価値の認識に繋がるからだ。

 また、阿部社長はこの度の経験を通して自社の社員の欠点もきちんと語ってくださった。

「大災害に直面して、自分で考えて、行動できる社員であれ」

 阿部社長の仙台進学プラザの宮城ブロックのある教室では、震災直後真っ先に駆けつけたのは社員ではなく、生徒だったという。

 「大手の会社では、給料はもらって当たり前、という気持ちが大きい。だからこそ危機感がない。事実、地元の個人塾の社員たちは被災後、すぐに職場にかけつけて自らが再会に向けて考え、行動していました。真剣さが違うんです。しかし、その必死さや真剣さは、何か事が起きた時に、とっさにできるものではありません。日頃の姿勢こそが、いかに大切かということなのです。日頃何もできない社員は、津波で泥をかぶった教室の掃除ひとつもできない。すべては繋がっているのです」

 生徒や保護者の後押しを得るか否かは、自分の日頃の行いの結果次第だ。教室で生徒を指導している者が日頃から魂で子どもたちに向き合えば、また子どもたちも魂で後押ししてくれるのである。

 最後に阿部社長は教室に通っていたある生徒のことを、感慨を込めて話してくださった。

 「弊社の教室に通っていた当時小学校六年生の女の子の話です。彼女は地震発生後、避難していた学校の屋上で津波で流されていく人たちをその目で見て、こう思ったそうです。

 勉強なんかしていても無駄だ。勉強がいくらできても、目の前に死んでいく人、ひとり助けることはできない・・・。しかし、その子はしばらくして勉強を再会しました。以前より、ずっと、ずっと熱心に勉強に取り組むようになったんです。そして、以前の彼女の学力では厳しいとされた中学の受験に見事に合格しました」

 前を向こうとするパワー全てが学びに注がれた結果だった。

 では、彼女の前を向くパワーとは何だったのか。

 阿部社長は、彼女の言葉を代弁して続けた。

 「勉強しても無駄だ。ひとつの命すら助けられない、当初はそう思った彼女でしたが、震災を経験し、どれほどたくさんの人たちのおかげで自分が今、生きているのかを考えたと言います。そして、亡くなった人たちのためにもこの街を復興させると自分自身に誓ったのです。彼女は勉強して、自分の言葉で、自分の行動と生き方で、みなに感謝の気持ちを伝えたいと思うようになりました。つまり自分の生きる目的が大震災を通して明確化されたのです。目的が明確化された子どもたちの学力へ注ぐパワーは半端ではありません。そして、目標に向けての第一歩が、中学受験合格という形で踏み出されたわけです」

 彼女が考える復興とは、単にインフラの復興のことではない。

 人々がこの出来事を忘れず、語り継ぎ、亡くなった人たちのためにも街を元気にする。

 街を元気にするというのは、そこに住む人々の心を元気にするということなのだ。

 彼女は目指す本当の意味の復興(心の復興)のために「自分がやりたいことをやる」と心に決めた。その目的を実現するためには「今は勉強しかない」と気づいたのである。

 彼女は、こんな詩を震災後に書いている。
 
 輝く太陽
 輝く太陽が無くなったら、私が小さく輝けばいい
 小さな光でも、私が小さく輝けばいい
 小さな光でも、誰かの光になれるよう、一所懸命がんばりたい。

 「あのような大災害があって、こういう子が生まれる事実がある・・・。そして、災害によって生み出された新たな気づきが・・・大きなパワーとなって何かをやる。

 こういった子たちが未来を変える。未来の大きな光となる。まさに、輝く太陽になるわけです」

 阿部社長の言葉に、私たちはただ頷くしかなかった。

 また阿部社長のお話は、時に叱咤激励となって我々に大きな課題を与えてくださるものでもあった。まさに背筋が伸びるような内容だ。

 社員一同に向けて真剣なまなざしで阿部社長は問いかけた。

 「今回のような震災の最大のリスクとは何だと思いますか」

 社員は変らぬ様子で、阿部社長の声に耳を傾けている。

 「最大のリスクとは、お金がない、家がない、ということではない。自分に実力がない、これが最大のリスクなのです」

 社員たちの顔色が変った。

 「お金がないのは実力で賄えます」

 実力があれば、会社が被災して倒産しても、立て直せたり、次の職場に行き稼ぐことができる。

 実力があれば、家を失っても、再び職を得て新しい住居を手に入れることができる。

 実力がない自分こそ、最大のリスクなのだ。

 大きな災害を受けて、多くのものを失い、ハイパー的ともいえるリスクを背負った阿部社長や、一日前にご講演をいただいた「木の屋石巻水産」の木村副社長が「ピンチをチャンス」にできたのも、それだけの並外れた実力があったからだ。

 その実力が本物であることを今回の大震災が証明したのである。

 社員たちは今、どんな思いで、この言葉を噛みしめているのだろう。自分自身のこととどう照らし合わせているのだろうと私は思った。

 同じ教育に携わる者として、阿部社長と、その教場で関わった子どもたちの話は、「実力こそが真の財産」と言うことを教えてくれるものだった。

 そして、塾という教場に於いてその実力が真実か否かを証明してくれるのは、塾に通ってくる子どもたちであり、保護者たちなのだろう。

 私たちにとって映像でしか見ることのなかった東北の被災地。

 ガレキ拾いを行い、壊滅状態となった南三陸町をこの目で見て、社員たちの顔は変った。

 彼らにとってそれは衝撃的な光景だった。

 しかし、それだけでは意味がない。

 この災害での大きなピンチを抱えた人たちが、どうチャンスに繋げていったのか、それができたのは何故かを私はみなに考えてもらいたかった。

 その「何故?」の答が、阿部社長の話の中には明確に表れていた。
 
 ご講演の後、阿部社長のお話を受けて「自ら動けない社員」「実力のない自分こそが最大のリスク」という言葉に多くの社員は気持ちを動かされたようだった。

 阿部社長の言うように「実力がリスクを減らす」のであれば「教育こそ最小リスクの未来を創る」と言えるのではないか。

 子どもたちへ・・・「リスクの少ない自分の未来」を創りたいのであれば「勉強しよう」。
 
 今後それを、どのような表現で、どんな形で子どもたちに気づかせるか、社員の「実力(創意工夫と行動力)」が問われるところだ。

 そして、「リスクの少ない地球の未来」を創りたいのであれば、やはり「教育」なのだということを「一企業」として、社会に発信し続けることも弊社の使命なのである。

 阿部社長の講演会は、社員たちにとって「社会における塾の存在意義の大きさ」に初めて気づき、それぞれが自らを叱咤激励するいい機会となったことだろう。

 こうして3日間の被災地への研修旅行はその工程をすべて終えた。

 ハワイ旅行から東北被災地へと変更になった従業員旅行。
 
 今、私はハワイ旅行に行きたがっていた3%の社員に再度、問いかけたい。

 「まだ、ハワイに行けなかったこと、残念に思っていますか?」

 答は聞くまでもない。

                        (おわり)


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