第144話 「まつろわぬもの」2015.5.25
世界には、いづこの地にも、その地に元より住みたる原住民あり。
自然の恵みを知り尽くし、また自然の怖さを知り尽くす。
いにしえより、その民たちは神をあがめ、掟を設けて集団を形成す。
農耕、狩猟の技に優れ、高度なる鉄器の精製、星の運行などに熟知する技能集団なり。
彼らは、ただ、ただ、その地に住み平穏に日々を生きるを望む。
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ある日、異国の地より思いもよらぬ異人たちが渡り来る。
数に任せて人や土地、技術を奪う。
その異人たちは躊躇なく自然の破壊をも進める。
山々は切り崩され、生き物は乱獲される。
あはなち、みぞうめ、ひはなち、しきまき、くしさし、いけはぎ、さかはぎ・・・・。
火を放ち、溝を埋め、息するものを見境なく突き殺し、生きたまま皮を剥ぐなど暴虐の限りを尽くす。
その異人たちの頭は、やがて富と権力を得て大き一族の長となる。
元より住みたる民において、従うものは身分を得しが、従わぬものは「まつろわぬもの」とされ、居住区より追いやられる。
まつろうは「たてまつる」の意なり。
「まつろわぬもの」とは「奉らぬ者」。時の長を崇めぬ者なり。
また「荒ぶる者」とされ、鬼とされて退治さる対象となる。
日本において、まつろわぬ民は人にあらぬ者、崩れた者、汚れた者として、鬼、蜘蛛、蝦夷(えみし)、山窩(さんか)と称される。
蝦は、えび、かえるなど水辺に住む生き物、穢れたものを指す。
夷は、野蛮なもの、異形なものを指す意。
山窩は、山深い穴の奥に住むもので、獣のごときものということ。
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されど、原大和の民は蝦夷、山窩と差別されしも、決して穢れてはおらず、崩れてはおらず、穴の奥に住んではおらず、獣のごとき生き方をしてはいない。
神を崇敬し、文字をもち、礼儀を心得、天文地理を知り、高度な道具を造りそれを使うなど、驚くべき文明的営みをなす。
蝦夷はえびすである。えびすは蛭子で蛭のような生き物。
えびすはイザナギ、イザナミが生みしも不完全なるとて海に捨て流された神であるが福をもたらす神として神の内でもっとも崇敬される神となる。
また、「くえびこ」(崩れた男、かたわもの)、または「やまだのそほど」(山の中の土にまみれた汚れたもの)と言われる神あり。
されど、その知恵は大国主も知らぬことをも知るほどに優れた神ゆえ、「天勝国勝奇魂千憑彦〜あまかつくにかつくしみたまちよりひこ」と言う別の名あり。
天に勝ち、地に勝つほどの比類なき奇魂をもち、すべての神々を引き寄せ懸らせる力を有する神なりしがゆえなり。
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まつろわぬもの。権力に媚びぬものはいつの時代も蔑まれ追いやられる。
歯向かうものは消され、または人として扱われず。
神々に追いやられしウシトラノコンジン。スサノヲ。
朝廷、幕府に追いやられし蝦夷。
細川藩に暗殺されし佐々木小次郎。
まるろわぬものたち。
インディアンしかり。
アボリジニしかり。
アイヌしかり。
力で人々をおさえこみ、着飾っておのれの醜さを隠すもの後を絶たず。
いつの世にもある、人に上や下をつけるならわし。
うそが上になり、まことが下になるさかさまの人の世。
されど、永きにわたり、まつろわぬものと蔑まれたものたちが「いましたちこそまことの神にまつろうものなり」と賞賛せらるる日近し。
足元を見ず、天の高さを知らぬものはやがて滅ぶ。