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2008/01/01  

3話 ペルシャ湾で行われている給油活動のホントの話

 

今国会(平成19年8月10日召集の臨時国会、会期は平成20年1月15日まで)で最大の焦点となっているのは、ペルシャ湾で海上自衛隊が多国籍軍に対して行ってきた洋上給油活動を継続するか否か、という問題である。

 

 「日本がペルシャ湾で給油を止めたら米国は本当に困るの?」

と思うあなたは相当に核心をついた疑問を抱いたことになる。この問題が原因で安倍前総理が辞任し、更に本来11月7日で終わるはずだった臨時国会の会期が二度に渡って延長されたが、その背景には米国からの強い要請があるとされているのだから。そこで今回は、あなたの疑問に答え、さらに他では知り得ない情報に触れることで、一気に政治通になって頂くよう試みることにしよう。

 

 2001年9月11日の同時多発テロに世界は大きな衝撃を受けた。日本政府も同様で、ブッシュ大統領が宣言した「テロとの戦い」に対し、アメリカの同盟国として何らかの行動を起こさねばならないという認識は、小泉総理(当時)をはじめ、多くの政府関係者に共通のものだった。

 

 そうして成立したのがいわゆるテロ対策特別措置法だ。同時多発テロはアルカイーダの仕業であり、彼らはアフガニスタンを拠点としているので、米軍がアフガンを攻撃してアルカイーダの影響下にあるタリバン政権(当時)を倒し、同時にテロリストが海上を逃げたり、その資金源となる麻薬の海上流通を阻止するため、アメリカやイギリスなどの多国籍軍が海上での警戒活動(海上阻止活動という)を行う。日本は憲法9条の制約で「武力行使」はできないけれど、多国籍軍の艦船への補給(水や油)なら「武力行使」には当たらないので、「テロとの戦い」に貢献するためにやろう、という法律である。

 

 この法律が成立した2001年10月当時は、世論も国会も「あんなにひどいテロだったのだから日本も何かをしなければ」という雰囲気だった。当時の民主党も、この法律には原則賛成していた(採決では国会承認事項で政府案と折り合わずに反対)。しかしそれから6年。アメリカはイラクに侵攻してフセイン政権を打倒したものの、今や泥沼状態にあることは誰の目にも明らか。しかもアフガンでは打倒したはずのタリバンが着々と勢力回復を果たし、同国南部では相当の勢いを得ている。カルザイ政権はもはやタリバンとの和解(?)なしに同国の統治ができないと言われるほど。

 

 このように、法律ができた6年前とはアフガン、イラク、米国を取り巻く状況が大きく変わったため、夏の選挙で参議院第一党となった民主党はテロ対策特別措置法の失効(2007年11月1日)以降は同法を延長する必要はない、との立場を取り、失効日をもって海上自衛隊の活動は終了された。

 

 しかし、である。テロ特措法の失効が現実味を帯び始めた参院選直後から、ブッシュ政権は同法の延長を強く日本政府に求めるようになる。同盟国として「テロとの戦い」に引き続き参画を望む、というのが米国政府の立場だ。この要請に応えようと努力するもそれがならず、安倍前総理はとうとう政権を放り出し、福田総理はテロ特措法の内容に若干の変更を加えた新法を10月下旬国会に提出。与党が3分の2以上を占める衆議院では早々に可決されたが、参議院では野党が過半数を占めているために否決されるであろうことを見込み、2度に渡って国会を延長し、会期を1月15日まで確保した上で、参院で否決された新法を衆議院に回付し、そこで憲法の再議決規定(議員の3分の2以上の賛成で成立)に基づく可決を予定している。

 

 さて、ここで読者に質問。テロ特措法に基づき、一体何隻の海上自衛隊船艦が派遣されていたか知っていますか?正解は二隻。給油を担う補給艦と、補給艦の護衛を担当するイージス護衛艦である。そしてここがポイントなのだが、給油活動の実態を巡る国会での議論は補給艦に集中したのである。例えば、そもそもアフガン復興のための海上阻止活動に参加したはずの日本の艦船が、実はイラク作戦向けの米国艦船に補給を行ったのではないか、という問題。国会議員やNGOは防衛省に対し、当該補給艦の航泊日誌の公開を請求し、いつ、どの海域で、どの米国船艦に補給を行ったかを詳細に調査した。

 

 ところが不思議なことに、一方のイージス護衛艦はその行動実態が国会の場でほとんど議論されていなかった。日本政府の説明では、イージス護衛艦は主に補給艦が補給中に攻撃を受けないよう警戒に当たることを任務としている。でも本当にそれだけなのだろうか?

 

 そもそもイージス艦とは非常に優れた能力を持つ護衛艦なのだ。通常の護衛艦は同時に複数の目標に対処することはできない。つまり、海上自衛隊の補給艦が米国の船艦に補給中、2機以上の戦闘機が攻撃してきた場合、通常の護衛艦ではこの攻撃から補給艦を守りきれない。だが、イージス艦なら守ることができる。同時に複数の目標に対処できるのだ。

 

 その詳細はこうである。まずイージス艦には4面の静止アンテナをもつ対空レーダーが装備されている。「この静止アンテナが、コンピューターの指令で1本の電波ビームを空間の中で振り回し、探知した目標を戦術用コンピューターに登録して、番号を付け、時々刻々その脅威度を算定し、危険な目標に対して迎撃の優先順位を付けて、必要に応じて操作員に攻撃の勧告を行う」。一方、通常の護衛艦にも対空レーダーはあるが、「その問題点は、水平面に沿って360度を廻転するために、目標を常時監視することができないこと」である(『イージス艦入門』イカロス出版 P61)。また、イージス艦レーダーは半径数百キロ(300〜500?)の範囲をカバーするとされる。

 

 このように高性能のイージス護衛艦であるが、一隻1200億円以上することもあり、現在世界で保有しているのは、米国、日本、スペイン、ノルウェー、韓国。そのうち、「テロとの戦い」のためにインド洋、ペルシャ湾地域に派遣しているのは、米国と日本のみである。

 

 このように大変希少であり、また高度な性能をもつイージス艦を、自国の補給艦を守る目的だけのために日本政府は派遣したのだろうか。こうした疑問は、日本政府が02年に初めてイージス艦をインド洋に派遣した当初より、専門家の間では浮上していた。しかしそれに対し、日本政府は「自国の補給艦を他者の攻撃から守るため」との説明を繰り返すのみだった。

 

 そんな日本政府の「本音」が垣間見える資料がある。かつて外務省条約局条約課長を務めた大江博氏の著作である。その中にイージス艦に関するこんな一節がある。「イージス艦は、半径数百キロメートル以上の範囲を捜索することができる高性能なレーダーとコンピューターシステムを持ち、さらにミサイルシステムによる高度の防衛能力を備えた護衛艦である。(中略)それまでの日本による後方支援が、政治的、象徴的な意味が大きいものであったのに対し、イージス艦の派遣は、米軍にとってきわめて実質的な意味を持つものであった。(中略)2002年末、ついに政府はイージス艦の派遣に踏み切ったのである。これは米側にとっても、実際に意味のある後方支援という観点から画期的なことであった」(『外交と国益』NHKブックス P248〜249)。

 

 ここで大江氏が言う「米軍にとってきわめて実質的な意味」、「実際に意味のある後方支援」とは何を指すのだろうか。氏の記述の重要性は、氏がテロ特措法成立に際して担った役割から推察する必要がある。それは以下の記事に明らかである。

 

 「谷内(正太郎、当時外務省総合外交政策局長)の行動は早かった。すぐさまかつての直属の部下である大江博条約課長を呼び出し、(同時多発テロに際し、米国支援に当たる)法案の草案づくりを命じた。期限の指示は明確だった。『今すぐだ』。大江は一晩で草案をまとめ上げると、部下にワープロ打ちをさせ、谷内に上げる。谷内が一読して朱字を入れるや、草案は内閣府の大森敬治官房副長官補に届けられた。(中略)ひと仕事終えて、ホッと息をつく間もなく、谷内は(大江に)追い討ちをかけた。『内閣府参事官の辞令を出す。国会審議の面倒も見てくれ』 結局、法案成立まで、大江は条約課長とのかけもちを強いられることになる。」(「外交敗戦」文芸春秋 08年1月号)

 

 ここから読み取れることは次の二つだ。まず、テロ特措法の素案を書き、同法案の国会審議の答弁にも立った大江氏は、日本が何を実行すれば米国に対する実質的な支援になるのかを知悉する立場にあったということ。そして海上自衛隊を多国籍軍の活動に送る上で不可欠な、「非戦闘地域」という法的概念を発案したのは、正に大江氏その人だろうということ。

 

 では、イージス艦派遣が「米側にとっても実際に意味のある後方支援」という大江氏の指摘は一体どういうことなのだろうか。私の推測はこうだ。ペルシャ湾付近にイージス艦を派遣しているのは、先述のように日本と米国のみ。恐らく米国は3〜4隻だろう。日本を含む全てのイージス艦が、各海域で対空防衛の捜索範囲を割り当てられているはずである。つまり日本のイージス艦は、ペルシャ湾一帯における米軍のイラク向け、アフガン向け両オペレーションにおいて、対空防衛任務の不可欠な一部を構成している。もしそうならば、テロ特措法の失効に伴い、そこから日本のイージス艦が離脱することは、米軍にとり非常に手痛いはずだ。これこそが米国政府をして、日本政府に対し、強く新法の成立と「補給艦の再派遣」を要請させる理由ではないだろうか。

 

 補給艦の派遣と給油活動が取るに足らないものだとは言わない。しかし仮に、補給艦の再派遣自体が、米政府が最も望むことなら、それは日米同盟を毀損するほどのものとは到底思えないのだ。一方でイージス艦の派遣中止は、現在の米海軍と海上自衛隊の情報共有度を考えれば、十分に同盟関係を毀損するに値するのではなかろうか。

 

 そうした中、国会では興味深い動きが出てきた。イージス艦が現地で実際に何を行っていたのか、その活動内容を記した「航泊日誌」が参議院外交防衛委員会に提出されることになったのだ。(以下次号へ続く)

 

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