2007/01/22
第1話 プロローグ
不完全な僕は気が弱い。
だから、何かを手に入れては、それが自分の弱さを補ってくれるものと信じていました。弱さを克服すること、より強くすること、より強く見せること、「勝ち組」になることが不完全な僕には大切なことだと感じ、何でも手に入れようとして生きてきました。
ところが、何かを手に入れ、一時的な優越感や満足感、そして安心感があったとしても、それらが継続するということはありませんでした。どこまで行っても、不完全な僕はいつも何かに追いかけられているような気がしていました。
そして一昨年、その強迫観念のようなものから抜け出せなかった僕は、自分の事業を失敗に終わらせてしまうという、世間で言われる「負け組」への転落を体験することとなったのです。それは、これまでの人生の中で最も苦しい体験でした。
たくさんの方々にご迷惑をおかけし、死ぬことも考えました。蒸発することも考えました。生きるのも嫌になりました。逃げたくてしかたがありませんでした。辛かった。
そんな時、現在、僕が勤める唯ノ丸株式会社の代表と出会ったのです。代表は赤の他人であるどん底の僕にいろんな気づきを与えてくださいました。
「``もののあはれ``という言葉があるように、マイナスは克服するんじゃなく、おいしくいただくと良いんだよ」と、武道家でもある代表が言われた言葉に僕は大きな衝撃を受けたのです。
それまでの僕は、自分のマイナス面を克服するためやモチベーションを高めるために、様々なノウハウを学んだり、自己啓発書を読み漁ったり、セミナーなどに頻繁に通ったりしたものでした。今になって思うと、それは結果的に、「知識」や「ノウハウ」だけに頼り過ぎてしまうという現象をつくりだしていたのです。外にばかりに目を向けて、外にあるものばかりに依存し、自分自身の内側にある最も見たくない部分から逃げているかのようでした。
「知る」ことはとても大切だけれど、僕の場合、「知る」という行為だけで不完全な自分を補っている錯覚に陥り、「知っている」という満足感で好奇心や欲求を満たしているだけにすぎなかったようでした。「知っている」だけでは自分自身何も変わらないと気づき始めたのです。
そして、そのようなことを感じ始めてから改めて周囲を見回すと、それは僕だけでなく、情報が氾濫した現代社会においては、多くの人々もまた陥りやすいことのように見えました。
それで僕たちは、「知識から意識へ」をテーマにし、諸先輩方のお力添えのもと、体感型イベント「DISCOVER」など唯ノ丸プロジェクトを進めていくこととなったのです。
そして今になって思えることですが、
不完全だからこそ、人間なのかもしれない。
不完全だからこそ、「志」を求めるのかもしれない。
不完全だからこそ、「志」を持てば、人間は輝くのもしれない。
それはまるで、栄養たっぷりの食事をしなくても人間は生きていけるように、僕のような不完全な人間でも「志」があれば魂は生きていける。そんな風に感じるようになりました。そして、そんな僕を応援してくれているかのようなこんな言葉を見つけました。
「人間は不完全であるからこそ人間である。
人間は完成しない。しかし完成しようと努力するのが人間なのである。
愚直な者は何も考えず、まずはその第一歩を踏み出す。そんな愚直な人間を神は応援しようとする。神は愚直な人間が好きなのである。
百メートル先のことはその百メートル先に行ってみないとわからないのである。
イチロー選手の大記録も、一本のヒットから始まったのである。
いっぺんに何もかもが完成に向かうことはありえない。
完全な者などこの世には存在しない。
不完全さとは、その人の個性である 」(「あしたの世界パート3」池田邦吉さん著)
この本を読んで、僕は愚直な人間だと思いました。過去を振り返ると、いつも僕は何も考えず第一歩を踏み出していたからです。何度も何度も踏み出しました。踏み出す度にたくさんの挫折も経験しました。失敗もありました。出会いもあれば、別れもありました。
そんな僕には順風満帆なんて有り得ませんでした。有ったのは「志」だけでした。
そんな不完全な僕ではありますが、まずは僕の生い立ちから書き始めていきます。
次回へ続く