2016.08.11     

第18章―17 隠蔽(いんぺい)されたガン治療法の数々 その16

酸素がガンを退治する

今から23億年前、地球上で酸素革命(Oxygen Revolution、または酸素危機、Oxygen Crisis)と呼ばれる、大気の大変革が始まったと考えられています。それまで大気中には存在しなかった酸素が、海水から(もしかしたら地上からも)大気に放出され始め、大気中の酸素濃度が高くなるにつれ、当時の生物(ほとんどが微生物)の多くが次々と絶滅しました。

今もし地球上から酸素がなくなったら、その瞬間から、人間をはじめとする動植物の大半は次々に絶滅すると思われますが、23億年前には、そのちょうど反対のようなことが起こったようです。当時の主流の生物は、偏性嫌気性細菌(Obligate Anaerobes)と呼ばれる、生存に酸素を全く必要としないばかりか、酸素があると死滅してしまう微生物でした。大気中の酸素は猛毒ガスだったわけです(<補足1>)。

酸素革命の数億年前には、生物進化上の大変革が起こっていた、と見られています。光合成という、生存するうえで欠かせない栄養素(エネルギー源)を初めて、生物自らが作り出す、という画期的な出来事でした。

外から地球に供給されるエネルギーは太陽から届く光だけであり、夜とか、昼間でも光の届かないところは、光エネルギーに依存する生物は活動できず、ほぼ死の世界だったと思われます。光合成は、吸収したこの光エネルギーを封じ込める作業で、これによってできる有機物の代表がブドウ糖です。エネルギーが濃縮して封じ込められた有機物を動力源にすることで初めて、多くの生物は太陽光の届かないところでも活動できるようになったわけです。

地球上で最初に光合成を始めたのは藍藻(らんそう、シアノバクテリアとも呼ばれる)で、このエネルギー革命によって生物の進化が一気に進みましたが、光合成の代謝物(廃棄物)として酸素も大量に排出されました。

酸素は反応性が高く、酸化還元反応が起こると(温度が高いほど、光の照射が強いほど、この反応は起こりやすい)、極めて反応性の高いフリーラジカル(活性酸素)であるスーパーオキサイドに変化します。23億年前の生物の多くを滅亡させたのは、このスーパーオキサイドによる強烈な酸化です。

酸素革命で生き残ったのは主に、スーパーオキサイドに対抗する手段を身につけた生物でした(<補足2>)。生物が身につけた最強の防御策のひとつが、SOD(スーパーオキサイド・ディスムターゼ)です。SODは酵素(こうそ)の一種で、非常に効率良く、しかも素早くスーパーオキサイドを無害化します。現在生存している動植物は、もちろん人間も、細胞でSODをふんだんに製造できる機能を持っています(<補足3>)。

スーパーオキサイドの強烈な酸化に対抗し、酸素のある環境でも生存できるようになった生物はついに、猛毒の酸素を逆に活用し、エネルギー代謝の効率を飛躍的に高めるという、これも画期的な大変革を成し遂げました。これが最も進化したのが、細胞内のミトコンドリアでのエネルギー代謝です。

酸素が引き起こす酸化還元反応が、生物の組織をボロボロに破壊するのですが、その凶悪な酸化作用を逆手にとって、エネルギー効率を20倍近く引き上げるという生物の環境適応能力は、まさに驚異的です。そればかりか、人間など動物は、スーパーオキサイドを、外敵を撃退するための武器としても使っています。免疫細胞、特にマクロファージは、わざわざスーパーオキサイドを作り出し、それを侵入してきた菌に浴びせて退治しています。

スーパーオキサイドは酸素が存在するだけでも発生するのに、ミトコンドリアのエネルギー代謝でも、さらに免疫細胞の菌退治でも大量に産出されているため、細胞の中は、SODなどスーパーオキサイドを無害化する手段が十分にないと致命的です。

さて、ガンはどうも、この酸素が苦手なようです。しかも、酸素を使わないエネルギー代謝をかなり本格的にしているようです。かつては猛毒だった酸素に対する防御策を身につけ、その酸素をエネルギー代謝に活用するまで進化した生物ですが、ガン化した途端、その細胞は何十億年前の原始時代の代謝に逆戻りしてしまう、ということなのでしょうか。ガンが酸素に弱いことを前提にして、体に酸素をどんどんと送り込むのが、オゾン療法、高濃度酸素室、MSM(有機イオウ化合物の一種)療法といった、いわゆる酸素療法です。

ガンと酸素の関係を探るためには、2種類ある生物のエネルギー代謝をよく理解する必要がありそうです。ブドウ糖などの有機物には、細胞レベルで見ると相当な量のエネルギーが蓄積されているのですが、簡単には取り出せません。エネルギー代謝は、ブドウ糖などの有機物を元に、ATP(アデノシン3リン酸)を製造するプロセスです。ATPは蓄電池のようなもので、簡単にエネルギーを取り出せる構造をしているうえ、移動(持ち運び)も楽です。私たちの細胞や微生物などはあらゆる活動に、ATPを動力源(エネルギー源)にしています。2種類の生物のエネルギー代謝は、

(1)酸素を使わないエネルギー代謝。
ブドウ糖がピルビン酸に化学変化するプロセス。解糖系とも、嫌気性代謝とも呼ばれます。これによってATPが4つできますが、2つはこのプロセスの中で消費されるため、ブドウ糖ひとつから差し引き、2つのATPが作られる(残る)ことになります。

(2)酸素を活用するエネルギー代謝。
(1)で生成されたピルビン酸がさらに化学変化してできたアセチル補酵素Aをもとに、エネルギーのやり取りを伴う酸化還元反応など、やや複雑な化学反応が連続して起こり、ATPが差し引き17作られるプロセス(ブドウ糖ひとつからアセチル補酵素Aが2つできるため、ブドウ糖ひとつ当たりに換算すると、ATPは34できることになります)。クエン酸回路、あるいはクレブス回路と呼ばれ、(1)の嫌気性に対して好気性代謝とも呼ばれます。(1)でひとつのブドウ糖からATPが2つ作られるのに対して、その17倍ものATPが作られ、エネルギー効率ははるかに高いですが、プロセスが複雑なため、時間は(1)の100倍近くかかるようです。さらに、アセチル補酵素Aは脂肪からも、タンパク質からもできるため、ブドウ糖以外の有機物もこの代謝に乗せられます。

ほとんどすべての生物は微生物を含め(エネルギー代謝をしている生物はすべて)、(1)の無酸素代謝をしています。違いは、細胞にミトコンドリアを持っている動植物などいわゆる真核生物と、好気性微生物は通常、(1)の後に(2)の代謝もしている、つまり2段階の代謝をしているのに対し、嫌気性微生物などは、(1)だけのエネルギー代謝をしている、ということです。

(2)の有酸素代謝がない場合、(1)でできたピルビン酸は、アセチル補酵素Aに化学変化しないで、通常は、乳酸に化学変化します。これが発酵と呼ばれるものです。乳酸と一緒に、アルコールなどができる場合も発酵と呼ばれます。

私たち人間をはじめとする動物の細胞で、ミトコンドリアでの(2)の有酸素代謝より、(1)の無酸素代謝を優先する場合があり、その代表が、激しい運動をするときの筋肉細胞のエネルギー代謝です。危険なものから全速力で逃げる、取っ組み合いの戦いをするなどの非常時は、足や腕などの筋肉は、一気に大きなエネルギーが必要です。つまり、短時間で多くのATPを製造しなければなりません。

(1)の無酸素代謝は、ひとつのブドウ糖からATPを2つしか作れず、(2)の有酸素代謝に比べて効率は17倍も悪いですが、スピードは100倍と非常に早いので、ブドウ糖さえ十分にあれば、非常時に細胞は(1)の代謝をフル回転させます。この時にどんどん作られるピルビン酸は、速度の遅い代謝をしているミトコンドリアではとても処理しきれず、大部分が乳酸に変換されます。激しい運動を続けた時に筋肉細胞が疲れる原因のひとつは、こうして乳酸がたまることだ、と言われています。

ガン細胞は、この非常時の筋肉細胞と同じように、(1)の無酸素代謝を優先的にしている、と最初に指摘したのは、ノーベル生理・医学賞を受賞したドイツのオットー・ワールブルク(Otto Warburg)生理学・医学博士です。博士はその20年以上後に、細胞が酸素欠乏にさらされ、酸素不足でミトコンドリアでの(2)の有酸素代謝が十分にできなくなったため、酸素のいらない(1)の代謝をフル活動させて何とか生き残った(通常は死滅)のが、ガン細胞である、という説を発表しました。

今では、医学界、遺伝学界の主流は、遺伝子、あるいは遺伝子発現の変化(変異)によって、細胞が異常増殖する(むやみやたらに細胞分裂する)ようになるのが、ガン化の原因で、(1)の無酸素代謝を優先するようになるのは、その結果(遺伝子変化が原因で、代謝の変化は結果)だと主張しています。(1)の無酸素代謝で、ブドウ糖がピルビン酸に化学変化する途中で産出される化合物は、細胞が増殖する(細胞分裂する)ときに必要な材料となるため、ガンになる細胞はわざわざ(1)の無酸素代謝を増やす、と見ています。

私は、医学、遺伝学、生化学のどの専門家でもありませんが、ガン細胞が(1)の無酸素代謝を盛んにやっていることも、遺伝子、あるいは遺伝子発現が変化していることも、両方ともガン化の原因ではなく、結果であり、本当の原因は別にある、と考えています。

ともかく、細胞内でスーパー・オキサイドが最も発生するのは、ミトコンドリアの(2)の有酸素代謝で起こる酸化還元反応ですから、ガン細胞で(1)の無酸素代謝が中心となり、その分、(2)の有酸素代謝がおろそかになっているとすれば、おろそかになっている程度に応じて、スーパー・オキサイドの酸化にさらされていないことになります(<補足4>)。

細胞は普通、(2)の有酸素代謝によってかなりの量のスーパー・オキサイドが常に発生するため、スーパー・オキサイドを素早く無害化するSOD、カタラーゼなどをせっせと作っています。スーパー・オキサイドの酸化にあまりさらされていないガン細胞は、酸化対策がおろそかであり、そこにまとまった量の酸素を送り込めば、その酸化にガンは耐えられない、というのが酸素療法のねらいです。

また、ワールブルク博士のように、ガン化のそもそもの原因は酸素不足だ、という見方は根強く、酸素を与え続ければ、休んでいるミトコンドリアの酸素代謝が復活することが期待できる、と考える研究者もいます。ミトコンドリアでの代謝が本格的に再起動され、優先していた(1)の無酸素代謝が収まれば、ガンはガンでなくなる、ガン細胞が通常細胞に戻る、という見方もあります。

さらに、もしミトコンドリアが復活すれば、通常細胞に戻るのは無理にしても、ミトコンドリアがからんでいるアポトーシス(細胞のプログラム死、<補足5>)が活性化して、ガン細胞が自滅する、と唱える研究者もいます。

このように、ガンが酸素に弱い、という理由はいろいろあるのですが、次回は実際の治療法をご紹介したいと思います。
(続く)

 

<補足1>
海水中でも酸素は猛毒だったと思われますが、大気中とはかなり様子が違います。気体の酸素は空気中であっという間に広がりますが、水中を移動するのは、はるかに時間がかかります。ですから海中では、酸素がダメな生物でも生き残れる余地がかなりあったと考えられます。光合成などで発生した酸素は当初、海中の鉄などのミネラルイオンと結合して、酸化鉄などの形で海底に沈んだようです。そのうち、酸素がどんどん増えて、ミネラルとの結合が限界に達し、空中に飛び出したのが酸素革命の始まりだと考えられています。また、ミネラルとは合体しないで水に溶けた酸素がたまった層が海中にできていたようです。酸素の環境下でも生存できるようになった当初の生物は、こうした海中の酸素の層、あるいはその近くで育ち、酸素に適応できた微生物では、と考えられています。

<補足2>
生き残ったのは、酸化に対応できた生物だけではありません。酸素革命以降でも、酸素が達しないところ、例えば海中の一部、地中、動物の胃腸の中などがあり、そうした環境では、酸素が全くダメな微生物も生き残ってこれたわけです。

<補足3>
SODは、スーパーオキサイドを元の酸素に戻しますが、このとき過酸化水素が発生します。過酸化水素も有害なフリーラジカルです(酸化力はスーパーオキサイドより弱い)。細胞は通常、この過酸化水素を水と酸素に分解して無害化する酵素(こうそ)、カタラーゼも大量に製造しています。

<補足4>
ワールブルク博士が、ガン細胞の特異な代謝を発見したのは1930年ころであり、それから80年以上たった今でも、ガン細胞の代謝の研究が大きく進んだとはあまり思えません。ガンの原因は遺伝子、あるいは遺伝子発現の変化だと考える研究者が圧倒的に多く、ガンの遺伝子研究には、国家予算を超えるくらいの莫大なお金がつぎ込まれています。ガンに特有な遺伝子、あるいは遺伝子発現の状態を標的にしてガン細胞を叩く”ガン分子標的薬”と呼ばれる薬品が次々と開発され、日本でもその一部が認定され始まっています。しかし、最新の標的薬は極めて高価であり、どれだけ効果があるかも、まだ定まっていないようです。通常細胞とガン細胞の、エネルギー代謝の違いも決定的であり、その違いをついた酸素療法などは、遺伝子発現の違いを利用した標的薬より、はるかに低コストです。遺伝子研究につぎ込むお金のほんの一部でも代謝の研究に回せば、ガン細胞の代謝がもっと明らかになり、それを利用すれば、もっと効果的で現実的な治療法が開発されるかもしれないのに、と私は思ってしまいます。

<補足5>
細胞は、いざという時に、おそらく自分が役に立たなくなったか、周りに危害を加える可能性が出た時に、自滅する機能が備わっています。アポトーシスと呼ばれるこの自滅のプロセスにはミトコンドリアがからんでいます。細胞分裂に関係する遺伝子、あるいは遺伝子発現が狂って異常増殖をするようになったのが、ガン細胞だ、というのが大勢の考え方であり、狂いが生じたら本来は自滅するはずなのに、アポトーシスが働かなくなってしまっていることもガン細胞の増殖を止められない元凶だ、と考える研究者も多くいます。ミトコンドリアの機能低下、あるいは機能停止が、アポトーシスが起こらなくなる一因だ、と見ている人たちは、エネルギー代謝が復活することによってミトコンドリアの機能が戻ったら、ガンも自滅する、と期待しているわけです。


志あるリー ダーのための「寺子屋」塾トップページへ