2010.03.01   

第37話:自分史セミナー その3   

今回は自分史を作成する上での注意点(第35話参照)と自己開示の効果(第36話参照)を踏まえ、成基コミュニティの社員たちの自分史セミナーの流れを具体的に紹介しよう。

同セミナーは以下、作成期4回と発表期の6回の計10回にわたって行われる。

作成期:

1回目 ⇒ 自分を形成するアイデンティティの認識

ここで自分史を作る目的をはっきりさせ、作り方を説明した後、グループ内のセッションを行う。セッションの中で、各自メンバーから自分のパーソナリティのフィードバックをもらい、自分のパーソナリティを分類してみよう。

それを基に、グラフと年表を作成するのだ。

2回目 ⇒ グラフと年表を作成し、確定

作成した年表をグループ内で全員ひとりずつが発表し、各メンバーの発表に対してそれぞれフィードバックする。

このメンバーからのフィードバックを踏まえて、年表を確定させよう。

それを基に、インナーチャイルド(2歳から6歳頃までに起きた出来事でそれ以降の人生の源泉となった出来事)について探求し、シートに記入しよう。

3回目 ⇒  それぞれのインナーチャイルドについて、ふたり一組となり体験のシェア

まずふたり一組となり、体験のシェアを行ってもらう。そして、その後、全体のセッションとして、源泉となっている出来事があった人から、挙手をしてもらい3から5名の参加者に、その出来事をみなの前で発表してもらおう。

探求について注意したいのは、深いところに隠れている自分自身とのアクセスには量と質の問題が深く関わってくると言うことだ。

アクセスすること自体を抵抗している(質の低い)探求や、軽い気持ちでアクセスを試みる(量が足りない)探求でも源泉は見えてこないのである。

つまり、熟考し、積極的にアクセスを試みることで探求結果は大きく異なるわけだ。

弊社では、この作成期の三回目のセッションで、セミナールームの照明を暗くし、音楽を流して、アクセスを行った。

結果、源泉が「明確に出てきた」と答えた社員が26%、「少し出てきた」と答えた社員が68%で、「全く出てこなかった」と答えた 社員が6%であった。

さて、ここで問題なのは「全くでこなかった」人たちであるが、理由はふたつに分けられる。

ひとつは先ほど挙げた、探求に無意識のうちに抵抗しているか、もうひとつは、本当に何もなかったかのどちらかだ。

人として少なくとも20年30年生きてきて、何もなかったとはまず考えられないので理由は当然、アクセスへの抵抗ということになる。

その点について興味深い語りが、ふたり一組となって行うインナーチャイルドの体験シェアにあったのでご紹介しよう。

体験シェアは、Aさんからインナーチャイルドに思い当たる体験を語り、聞き手であるBさんはただAさんの目を見て話を聞き、Aさんの体験を受け止めることに徹する。

AさんはBさんにこんなことを語り始めた。

「これが、インナーチャイルドに当たるのかなって、思うことはあるけど・・・それがまだ本当にインナーチャイルドなのかどうか、確信が持てないんです。というか、自分の中でそれ以上のものは何もないよ・・・と思い込もうとしていたのかも・・・。

だからめっちゃ考えなかったし、考えようとしなかった・・・それが、自分の人格形成に影響していたとか何とか、だから何なの?って言うのが正直なところです」
 これこそがまさしくアクセスへの抵抗で、探求までに至らない具体例である。

以前にもお話したが、インナーチャイルドへのアクセスは、自分を護っていた安心・安全の壁をぶち壊す第一歩になる。

例えば人間関係で失敗した人にとっては、「人間関係から逃避」=「安全・安心の壁」となっているわけだが、この壁こそが、自分の持っている夢や目標、パーソナル・ミッション達成を妨げる元凶となっている。

しかし、多くの人はその壁(安心・安全)をぶち壊すことがトラウマ大復活のきっかけとなるため、無意識のうちに拒んでしまうのだ。

Aさんも同じだ。アクセスしたくても安全・安心の壁から脱することが怖くて「何もなかった」ということで折り合いをつけようとしているのだ。

Aさんには更なる探求が必要だ。

次に源泉となった出来事を探求し、明確に出てきた人、Kさんの例をあげよう。

「ボクが子どもの頃、父は単身赴任で、家には祖母、母、姉の女ばかりだったので、ボクはとても可愛がられ、大切に育てられました。近所に友達はあまりいなく姉のあとばかりついて歩いていたので、姉はボクの存在をうっとうしいと感じていたようです。

そんなある日、父も家にいて家族みんなで食事をしていた時・・・確かぼくが5歳くらいのときだったと思いますが、姉と喧嘩になり、姉に“うっとうしいな”と言われ、頭にきたボクは初めて姉に言い返したんです。

すると叩かれて大喧嘩になった。そして、ボクが姉のおなかを思い切り蹴飛ばしたらその勢いでガラスが割れたんです。瞬間、大人たちはシーンと静まり返りボクを冷めた目で見つめたんです。

そして、母が姉に“大丈夫?痛かったやろ?”と言った。でも、ボクのことは誰も気にかけなかった。母が目も見ないで“あんたも元気やな”とぼそっとだけつぶやいた。その時、ボクは言いようのない喪失感に襲われました。

何故なら、ボクは誰よりも祖母や母から大切にされて愛されていると思っていたからです。
でも事実は違うんだ。ボクは真剣にこんなことを考えました。

“ボクはこの家の子じゃない。”“ボクは誰からも愛されていない。”と・・・」

それからKさんは小学校に上がり、勉強も、スポーツもそれなりにできる子どもに育っていったが、その時のことがトラウマとなり、自分は誰からも愛されていない、必要とされていないという孤独感に悩まされていたのだと言う。

そして、大人になってからも常に他人に対して距離を置いてしまう自分に怒りを感じ、
ついにはそんな自分が許せなくなってしまったというのだ。

Kさんはこの経験で無意識のうちに他人と距離を置くことで、自分を護ることを覚えた。

しかしこの壁を取り払わないことには、大人にはなりきれない。
ならば、今こそその壁に対し「ありがとう」と感謝して取り払ってやるべきではないか。

それが、大きな可能性を開く第一歩であり、自分史セミナー最大の意義なのだ。
が、その壁は待っていてもなくなりはしない。Aさんも然り、取り払うか否かはすべて本人の気持ち次第なのだ。

大人になるとは、そういうことなのだと私は思う。だからこそ、壁を取り払うため(大人になるため)には、源泉となった出来事を探求することが必要不可欠で、ここがクリアにならないと、自分史の意味はない。

一番苦しい場面であるが、ここを通り越せば、あとは自分史を確定したものにして完成させるだけである。

第4回目 ⇒ 自分史の確定

自分史を完成させて、それを紹介する。その際、10分程度でストーリーを紹介できるようにレポートにまとめてみよう。

参加者は以下の3つの観点で、5段階評価をする

1. 自己開示がしっかりとできているか
2. リアリティはあるか
3. その人の人格がよく自分史に表れているか

これで、作成期は終了である。

そして、セミナーは発表期に入る。

発表期:

第5回目から10回目 ⇒ 自分史の発表

毎回、2人から3人が順番に発表を行い、ひとりの発表が終れば、その発表を元に聞いていメンバーが感じたこと、提案、質問などのフィードバックを返す。
 
 発表期では、作成した自分史を発表し、フィードバックを取り込むことで、自分をしっかり咀嚼し、自分の中で作ってしまった壁を取り払うべく作業と考えたい。

以上が弊社で現在、行っている「自分史セミナー」の全プログラムであるが、これこそがパーソナルミッションを明確化させる最強のツールであることを最後に付け加えておきたい。


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